大会・研究会等の報告
大会・研究会等の報告を掲載しています。
過去の大会・研究会の案内等については、「過去のファイル」をご覧ください。
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世界海外華人研究学会(ISSCO)ならびに日本華僑華人学会(JSSCO)第15回年次大会は、2017年11月18日、19日に、多数の方々の参加を得て盛況のうちに終了いたしました。
今回の大会には、北米、アジア、ヨーロッパ、オセアニア、ラテンアメリカ、アフリカなどの18カ国から200名強の参加者が参加し、研究発表件数は178件に上りました。そのうち、87件が英語、84件が中国語、7件が日本語による発表でした。本学会からは47名の会員が参加しました。
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■2016年度研究大会報告■2016年11月5日と6日に、2016年度の第14回年次研究大会が東京大学駒場キャンパスにて下記のプログラムのとおり開催されました。大会当日は天気にも恵まれ、参加者は50名(一般会員3名、非会員4名、学生・優待会員8名)にのぼり、全学会員の4人に1人近くが駒場の地で年次大会に参加したことになります。北は北海道、南は次回の年次大会の開催地である長崎からかけつけてくれました。また、海外会員の参加もあり、2日間にわたって熱のこもった議論が繰り広げられました。 1日目は開催校企画シンポジウム「「華僑・華人学」における対象の規定性を超えて」が開催されました。今年に入って、『「華人」という描線―行為実践の場からの人類学的アプローチ』、『僑郷―華僑のふるさとをめぐる表象と実像』という2冊の論集が刊行され、「華僑・華人学」が不可避的に孕む循環論的な議論構成に一石を投じました。シンポジウムでは編集・執筆に関わった学会員が話題提供者となり、コメンテータとフロアを含めて活発な議論が交わされました。 その熱気は懇親会にそのまま持ち込まれました。参加者は35名(一般会員6名)にのぼりました。 2日目は5つの個人発表が行われました。今大会では、報告の申し込み時に提出する概要の字数制限を引き下げることで、より多くの方が発表できるよう促すとともに、学生会員が報告する際には質疑応答の時間を長めに設定することで十分な討論が行われるようするなど、いくつかの工夫を行いました。5つの個人発表のうち3つは大学院生によるものでしたが、異なる所属先のさまざまなディシプリンの学会員からコメントをもらうことができ、報告者は学会活動の醍醐味を味わうことができたことと思います。白熱した質疑応答は、改めて学会の持つ役割を感じさせるものでした。 プログラム 第一日目】11 月5 日(土)
【第二日目】11 月6日(日)
(文責: 谷垣真理子 大会実行委員長) 大会の写真 |
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■2014年度大会報告■2014年度の第12回研究大会は、11月29日・30日の2日間にわたり早稲田大学早稲田キャンパスにて行われました。プログラムは下記のとおりです。 プログラム 【第一日目】11 月29 日(土)
【第二日目】11月30日(日)
(文責: 広報委員会) |
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■2013 年度大会(学会設立10 周年記念大会)報告■2013 年度の第11 回年次大会は、日本華僑華人学会設立10 周年記念大会として、11 月16 日・17 日の二日間にわたり、慶應義塾大学(東京)にて開催されました。研究大会には会員・非会員を合わせてのべ75 名の参加があり、中国琴(古箏)の演奏を交えた懇親会では50 名の出席がありました。このように盛況の内に大会を終えることができました。また今回は下記のプログラムにあるように、2 つの英語でのセッションが設けられたことは特筆すべきことであります。 今年度の研究大会は、学会設立10 周年記念大会として、大会第一日目に特別な企画を2 つ設けました。第一は、中国・中山大学人類学科特任教授で、世界海外華人研究学会会長である陳志明先生をお迎えしての特別講演です。第二は「華僑華人研究の回顧と展望」と題する記念シンポジウムです。日本の華僑華人研究を批判的に捉えて、今後の展望を議論する機会となりました。大会第二日目には、会員の自由発表7 本が揃いました。日本、東南アジア、東アジアに関する興味深いテーマの報告をお届けすることができました。さらに第二日目の午後には、陳教授の特別講演を受ける形で、東南アジアにおける中華料理ビジネスを人類学的に考察する英語セッションが開催されました。それぞれのセッションではいずれも力のこもった報告があり、それを受けて時間を超過するほど活発な議論がもたれました。 なお、大会開催に合わせて、学会設立10 周年記念事業実施委員会の編集で、本学会の10 年間の歩みをまとめた小冊子が配布されました。また上記2 つの特別企画については、2014 年度の学会誌に特別記事として掲載される予定です。 プログラム 【第一日目】11 月16 日 (土)
【第二日目】11 月17 日 (日)
(文責: 山本信人 大会実行委員長) |
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■2012年度大会の報告■今年度の第10 回年次大会は、11 月10・11 日に九州大学西新プラザ(福岡)で開催されました。両日で研究大会には会員・非会員あわせて約50 名が参加しました。 10 日午後1 時30 分より分科会「中国人留学生の送出政策と修学後の進路をめぐる諸問題」(代表者: 阿部康久)が行われました。発表者と題目は、王雪萍(東京大学): 「改革・開放後中国の国費留学生派遣政策の変容と留学生の選択―国家政府の意思と留学生の個人意思の攻防」、戴二彪(国際東アジア研究センター): 「中国の高等教育における帰国留学生の役割―「日本留学組」と「欧米留学組」の比較」、阿部康久(九州大学)・孫艶(九州大学・修了生): 「日本の地方都市における中国人元留学生の就業状況と継続意志―福岡県を事例として」、でした。各報告は個々の発表としても力作であった上に、中国人留学生の送り出し時の状況と修学後の進路についてバランスのよい構成だったとのお褒めの言葉を頂くことができました。 分科会終了後には総会・懇親会も行われました。西新パレスにて行われた懇親会には30 名あまりの参加者があり、学会賞の表彰式なども行われ盛会でした。 11 日の午前9 時30 分からは公募による研究発表が行われました。発表者と題目は、土屋敦子(神戸大学・大学院生): 「明郷の三賢家―ホーチミン市、明郷嘉盛亭の祖先祭祀を事例に」、モリ・カイネイ(立命館大学・大学院生): 「華人系プロテスタント教会のネットワークの形成―宣教団体「中国信徒布道会(Chinese Christian Mission)」の事例を通して」、永井智香子(長崎大学): 「「新華僑二世」のアイデンティティを探る」、石川朝子(大阪大学・大学院生): 「グローバル化時代における日本華僑華人の教育戦略―三世以降へのインタビュー調査から」、八尾祥平(早稲田大学): 「1990 年代における沖縄中華街構想の挫折について」、でした。いずれも興味深い発表内容でフロアからも多くの質問・コメントが寄せられ、活発な議論が行われました。 午後1 時30 分からは、外部から講演者を招待してシンポジウム「エスニック文化の資源化と華人エスニシティ」(代表者: 張玉玲)が開催されました。代表者である張玉玲(山口県立大学)会員による趣旨説明の後、以下の方々による発表が行われました。張玉玲: 「「文化に生きる」―横浜中華街の新たな発展戦略について」、王維(香川大学): 「ロンドン・チャイナタウンと文化空間―日本との比較の視点から」、陳優継(株式会社四海楼): 「ちゃんぽんと長崎華僑」、池田尚己(長崎市経済局文化観光部): 「長崎に息づく中国文化とランタンフェスティバル」。エスニック文化の資源化をめぐる理論的枠組みについて、大変熱のこもった議論がなされるとともに、長崎の名物料理ちゃんぽんやランタンフェスティバルの資源化をめぐる長崎華僑と行政担当者の方による具体的な事例紹介も大変興味深く、こちらも参加者の方から高い評価を頂くことができました。 最後に本大会開催にあたり、多くの会員の皆様及び後援を頂いた九州大学大学院比較社会文化研究院から多大な御協力を賜りました。心より御礼申し上げます。 (文責: 阿部康久 大会実行委員長) |
■2011年度大会の報告■今年度の第9回年次大会は、11月12・13日に南山大学(名古屋)で開催され、会員・非会員あわせて研究大会には約50名、大学教職員食堂で行われた懇親会には約30名が参加しました。 公募報告と分科会を通し、一方ではグローバリゼーションの進行により国民国家やイシューが変質するなかで、他方では研究環境のグローバリゼーションが進むなかで、変化を捉える視座としての「華僑華人」の可能性が示されました。
(文責: 大井由紀会員) |
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■2010年度大会の報告■2010年11月13日(土)、14日(日)の二日間にわたり、日本華僑華人学会2010年度大会(第8回大会)が横浜山手中華学校を会場として開催された。 第1日目の13日(土)午後に行われたエクスカーションには、46名(一般会員24名、学生会員7名、非会員15名)が参加した。横浜山手中華学校の見 学では、潘民生校長・張岩松教諭の丁寧なご案内で参加者から熱心な質問が寄せられ、予定時刻を越えての見学となった。次にむかった中華義荘では中華会館の ご厚意により、墓所や地蔵王廟のほか、通常は非公開のお棺の保管庫も見学した。中華街では媽祖廟・関帝廟でそれぞれの事務局の皆様より丁寧な説明を受け た。 夕方の懇親会は中華街の菜香新館で開かれ、42名(一般会員31名、学生会員6名、非会員5名)が参加した。大会実行委員であり、同店の経営者である曽徳深会員より、料理についての蘊蓄のある解説で会はさらに盛りあがった。 14日(日)の大会に参加者が78名(一般会員47名、学生会員9名、非会員22名)にのぼった。午前中は二つの会場で、合計8本の充実した報告がなさ れた。午後のシンポジウム「華人とはだれか―教育とアイデンティティ」では、横浜山手中華学校という臨場感あふれる中で、現在の日本の華僑学校が抱える問 題について、日本の教育行政の問題や地域による違いなどが報告・議論された。なお、シンポジウムについては、2010年11月16日(火)の毎日新聞神奈 川県版で報じられるなど、学会外にも反響も呼んだ。 今回の大会開催にあたっては、まずは学校の利用をご快諾いただき多大なご協力をいただいた横浜山手中学校に感謝申し上げたい。また、APEC首脳会議の 当日という、交通や宿泊の不便を乗り越えて参加してくださった各位、また大会実行委員の小熊誠氏、曽徳深氏、陳天璽氏、符順和氏、さらに献身的にお手伝い いただいた神奈川大学の学生諸君に感謝の意を表したい。 (伊藤泉美会員・記) |
■2009年度大会の報告■去る11月14日(土)と15日(日)の両日、日本華僑華人学会2009年度大会(第7回大会)が52名の参加者を集め、大阪大学中之島センターで開催されました。 今大会では、3つの分科会を組織しました。分科会1「『華』を問う-歴史・地域比較から捉え直す華僑・華人へのアプローチ」(代表:園田節子会員)は、「華」とはなにかを問い直すことで、移民側から出身国「中国」の在り方を相対的かつ複眼的に考察しようとしたものであり、地域的、あるいは年代的に多様な事例を紹介しつつ、本質主義的言説からの脱却をねらった野心的な分科会でした。 また、分科会2は、京都大学に客員としてご滞在中のマンチェスター大学の劉宏氏、大阪教育大学の馬曉華氏をゲストに迎え、“Politics or Culture? : Rising China and Diasporic Chinese”という緩やかなテーマで4つの発表をならべました。なお、本分科会は、大阪大学グローバルコラボレーションセンターとの共催により、英語で行いました。日本には、毎年、多くの外国人研究者が招聘されています。そのなかには、本学会にて英語や中国語による研究発表を行いたいと希望している研究者も少なからずいます。こうした研究者を制度として学会に取り込んでいくことは困難さもありますが、今後とも、分科会などを活用することで、研究大会の場におけるこうした研究者との交流が進んでいけばと思っています。 分科会3は、「華僑華人文学の過去・現在・未来」(代表:舛谷鋭会員)と題する華僑華人文学に関する分科会でした。華僑華人文学は、華僑華人研究でも重要な分野の一つであり、今年度の大会で本分科会を持てたことは、それだけで会員の新たな関心を掘り起こす意味があったのではないかと思っています。様々な専門分野、様々な立場の華僑華人研究者が心地よいと感じる空間を用意することが、今大会のテーマの一つでもあったわけですが、今後、様々なテーマの分科会が開かれ、私たちの関心が広がっていくことを期待したいと思います。 2日目の午前中に行われた一般発表は、ある意味で3つの分科会以上に、今後の華僑華人研究を展望する上で深く考えさせられるものでした。今回の発表では、奇しくもベトナムに関係する報告と韓国に関係する報告が二つずつあり、僑郷に関する報告と日本に関する報告が一つずつありました。こうした個人発表が一つの会場で多くの会員の前で行われることは、萌芽期にある学会にとってきわめて重要なことを改めて感じました。惜しむらくは、エントリー数が少なかったことで、来年度は、ぜひ多くの会員が奮ってエントリーしていただけるよう、次回の大会委員になりかわってお願いしたいと思います。 2日目の午後は、厦門大学の庄国土先生による公開特別講演「グローバル経済の中の中国の国家戦略と華僑華人」が60名を超える参加者を集めて行われました。この講演は、日本大学中国アジア研究センター長である清水純会員の計らいにより実現しました。ご講演では、中国の外交史や日中関係、外交戦略における華僑華人の役割など多岐にわたる点について、一般の方にもわかりやすくお話しいただきました。なお、本講演は、大阪大学グローバルコラボレーションセンターとの共催により、中国語で行われました。中国語から日本語への通訳は、横田祥子会員に担当いただきました。 大会1日目終了後、大阪市内にある上海新天地・皇宮にバスで移動し、懇親会を開催しました。懇親会にはゲストを含めて38名が参加し、しばし大阪のなかの中国を堪能しました。 本大会は、新型インフルエンザの影響もあって、必ずしも盛大というわけにはいきませんでしたが、一般発表、分科会、公開講演会いずれもあらためて同じ華僑華人を研究テーマとする様々な分野の専門家が集まることの意義を思い知らされた二日間でした。また、図書の展示・即売のためのスペースと時間をとったことで、華僑華人研究を側面から支える出版社、書店と研究者のコミュニケーションを促すこともできたのではないかと思っています。 (大会プログラム pdf資料)
(宮原曉 記) |
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■2008年度大会の報告■去る11月15日(土)に日本華僑華人学会2008年度大会が,筑波大学(茨城県つくば市)で開催された。
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■2007年度大会の報告■本学会の第5回大会(2007年度大会)が11月17日土曜日に東京都港区の慶應義塾大学で開催されました。幸い好天にも恵まれて参加者は70名を越え、懇親会にも40名以上の参加者がありました。会員の皆様のご協力により無事終了できました。 以下に簡潔に報告します。午前10時から午後1時までA、B、Cの3会場に分かれて15件の発表がなされた(一般発表プログラム (pdf))。A会場では東アジアの華人華僑に関する発表が、B会場では東南アジア、特にタイ、マレーシア、インドネシアの華人に関する発表が行われた。C 会場では、本学会初の試みとしてパネル「中国系移民の土着化・クレオール化・華人化についての歴史人類学」(代表:三尾裕子会員)が持たれ、ベトナム、フィリピン、パプアニューギニアの中国系移民について文化人類学や歴史学の分野からの発表がなされたのに対して、コメントは経済学分野の古田和子会員からなされた。多分野の研究者が会員になっていることは本学会の特色の一つであるが、今後もこうした大会企画が継続する事が期待されよう。 午後2時からは共通論題「華僑華人パラダイムを越えて」が開催された。この共通論題は大会委員会の要請を受けた宮原暁会員により企画の原案作成がされ、講演者の招聘手続きまでご尽力頂いた。キャロライン・ハウ氏(京都大学)の講演「『華僑華人像』の文化政治学」と、ディスカッサントであった山本信人会員の発言につづいてフロアーから会員の質問がつづいて、論議が盛り上がった。 総会に引き続いて、隣接するファカルティークラブを借り切って開かれた懇親会には多くの会員のほか来賓2名が招待された。お一人は、本学会に学会誌の刊行助成をして下さっている東華教育文化交流財団理事長の江洋龍氏であり、もうひと方は、慶應義塾大学法学部長で前東アジア研究所長の国分良成氏であった。お二人からはお心のこもった有意義なスピーチがなされた。7時に散会するまでには、斯波義信前会長、各委員会や地方の代表などから挨拶があり、最後には次期開催校である筑波大学の山下清海副会長から挨拶があった。 (文責: 吉原和男会員) |
■2006年度大会の報告■去る11月18日(土)に日本華僑華人学会2006年度大会が同志社大学(新町キャンパス)で開催された。今回の大会には59名(うち非会員の方10名)が参加し,大会会場では終始,活発な議論が交わされた。そして,大会終了後、学内のレストランで懇親会が開催され,28名(うち非会員の方3名)が参加した。懇親会会場では和やかな雰囲気のなか交流が深められた。 (河口充勇 記)
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■2005年度大会の報告■日本華僑華人学会2005年度大会は,神戸華僑華人研究会協賛・(社)中華会館後援のもとに,以下の通り開催されました。今回は,初めて東京以外の地域での大会の開催となりましたが,大会実行委員会の陳來幸氏,曽士才氏をはじめとする多数の関係者の用意周到な準備のおかげで,大会参加者91名,懇親会参加者54名にのぼり,たいへん成功裡に終了しました。
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■2004年度大会の報告■2004年11月27日(土)、第2回大会が、法政大学市ヶ谷キャンパス62年館を会場に開催されました。 プログラムの詳細については、ここ(pdf)を参照してください。 今後、本学会のさらなる発展のために、理事の選出方法および事務局の移転等について検討していくことになり、これらの案件について、来る12月13日(木)午後4時半から、学会事務局のある日本財団ビル4F大会議室において理事会(理事以外の会員の出席も歓迎)を開催することになりました。 総会の後、法政大学のボアソナードタワー25階スタッフクラブに場所を移して、27名が参加して、懇親会が開かれました (文責: 山下清海 記) 大会の写真(段躍中氏撮影)
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■2003年度大会の報告■2003年11月22日(土)、学会発足後、初めての第1回大会が、日本財団ビルを会場に開催されました。
また、来年度の第2回大会は、曽 士才氏のお世話で、2004年11月に法政大学で実施されることになり、曽氏から挨拶がありました。 (山下清海 記) 下の写真(4枚は段躍中氏撮影)は、クリックすれば拡大して見ることができます。
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2月28日の研究報告では、孫夢之会員(東京大学大学院)による「1941年香港における『一碗飯運動』と華僑」と、藤村是清会員(神奈川大学)による「太平洋郵船外輪船中国人ステアリッジ船客の統計的再検討(1867-1871)―交通革命と移民」のふたつの報告がありました。 孫報告は、日中戦争の激化のなか香港でおこなわれた「救国募金活動」としての「一碗飯運動」がどうして1941年の時点で成功したのかについて、富裕中国人のアジールとしての当時の香港における社会状況とその発起人のひとりとなった宋慶齢の役割に着目したものでした。レストランでフルコース分の代金を払って、ワンボールのご飯だけを食べ、差額にあたる額が寄付金となるという仕組みは上海などからの豊かな難民の香港への流入という社会的背景に加えて、国内的かつ国際的な人脈と知名度のある宋慶齢の呼びかけという事情によって実現したことがあきらかにされました。 藤村報告は、大型外輪船がアメリカの船会社によって香港・横浜・サンフランシスコ間の定期航路に就航し、その二等船室であるステアリッジを中国人が利用して中国・北米間を移動したようすが各地のイミグレーション当局や船会社の乗船人数報告を利用して統計的に把握し、「交通革命」が「移民」にもたらした影響について考察しました。当時の中国人移民の移動には顕著な季節的変動があること(冬期に北米から中国にもどり、春から夏にかけて中国から北米に向かう)、中国人の「帰国港」としての香港の役割(「出国」時は必ずしも香港が利用されるわけではないが、「帰国」時は香港が選好されること)が統計的に示されました。 3月1日には鴨川市で市在住外国人との交流を続けている市民のみなさまに加えて中国・ベトナム・台湾・ハンガリーなどからの留学生たちと昼食をともにしながら懇談しました。地方都市の比較的小さなコミュニティーのなかでの社会の「国際化」を観察することができました。 参加者数9名(会員3名、非会員6名) (文責: 塩出浩和会員
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■2013年度日本華僑華人学会第2回研究会■
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日時: | 12月14日(土)12:30~18:00 |
場所: | 立教大学池袋キャンパス太刀川記念会館第一・第二会議室 (pdf) |
プログラム
12:30~12:50 | 趣旨説明: 川口幸大(東北大学)・市川哲(立教大学) |
12:50~13:25 | 稲澤努(東北大学) 「現代の僑郷と人の移動―広東省東部の地方都市の事例から」 |
13:25~14:00 | 長沼さやか(静岡大学) 「広東省珠江デルタにおける僑郷の成り立ち―華僑のいる村といない村からの考察」 |
14:00~14:35 | 兼城糸絵(鹿児島大学) 「“移民”が支える神祇祭祀―福建省福州市のある僑郷の事例から」 |
14:35~14:50 | 休憩 |
14:50~15:25 | 小林宏至(日本学述振興会特別研究員) 「故郷からの災因論―21世紀におけるティピカルな風水事例から」 |
15:25~16:00 | 市川哲(立教大学) 「ルーツ・シーキングからルーツ・ツーリズムへ―パプアニューギニア華人にとっての僑郷と中国」 |
16:00~16:35 | 櫻田涼子(育英短期大学) 「語られ、共有される〈美しい過去〉―南洋華人とそのふるさと」 |
16:35~16:50 | 休憩 |
16:50~18:00 | コメント: 宮原曉(大阪大学)・総合討論 |
連絡: 川口幸大(yukihirokawaguchi[a]hotmail.com)
市川 哲(tetsu-i[a]kb3.so-net.ne.jp) (※[a]を@に換えてください)
2013年度日本華僑華人学会第2回研究会チラシ(pdf)
■2013年度第1回研究会の報告■
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日時: | 2013年7月20日(土)13:00-18:30 |
会場: | 奈良県文化会館 |
テーマ: | 華僑華人と政治参加 |
第1報告 馬曉華会員(大阪教育大学)「米国における華人の政治参加の歴史と現状」
本報告は、アメリカにおける中国系移民の歴史、出自や経済水準等の特徴を明らかにした上で、政治参加に関する論点を整理したものである。ハワイが中国系アメリカ人の政治参加の発祥地であること、さらに、1970年代冷戦期の台湾系とアメリカ政治、1980年以降の年収と教育水準の上昇による各政治参加組織やロビー活動の展開、1990年以降の新たな中国系政治団体や選挙政治との関わり等について興味深い報告がなされた。総じて、中国系アメリカ人の政治参加の歴史は浅く、限定されてきたことと、選挙政治への関わりが弱いことが指摘された。しかし、中国系移民がアメリカ政治に対する潜在力を保持していることは否めない事実であり、今後の展開が注目される。
第2報告 徐輝会員(大東文化大学)「日本における華僑学校と印僑学校の現状-東京中華学校とIISJ・GIISを中心に」
コメンテータ:陳来幸(兵庫県立大学)
東京中華学校とグローバルインディアンインターナショナルスクール(GIIS)を比較し、日本における華僑学校と印僑学校の教育の変遷、言語教育の現状、日本の教育法則の位置づけについて報告がなされた。陳来幸会員からコメントがなされ、東京における華僑と印僑の人口増加の背景や構造を明らかにするほか、比較研究の意義、焦点、博士論文の枠組みを再検討する必要性等について指摘があった。
第3報告 八尾祥平会員(早稲田大学)「1990年代以降における琉球華僑・華人の政治参加について」
1990年代以降の沖縄における琉球華僑・華人の地域社会における政治参加の実態を、台湾国民党および民進党と、日本の保守派と革新派の関係に基づき議論がなされた。台沖関係、琉球華僑総会、沖縄中華街建設等についても言及がなされ、一般的に「本国」との結びつきを重視する華僑・華人と異なり、現在の琉球華僑・華人は沖縄の地域社会に溶け込みつつあるとの議論が展開された。
第4報告 増田あゆみ会員(名古屋学院大学)「オーストラリアの華僑華人の政治参加-移民・民族政策との関連で」
オーストラリアの華僑華人社会の政治活動の変容を移民・民族政策を中心に言及がなされた。オーストラリアの学者から中国系移民の政治家の議会での代表性や政府・政党からの注目性が低く、政治的表出力(代表性)が低いと批判されている。これに対し、北京派と称される中国政府主導の愛国的政治運動や、台湾派の非公式なネットワークによる活動が多く展開されており、オーストラリアの白豪主義が多文化主義へ転換されることによって政治的表出力の上昇が期待できるのではないかと議論が展開された。
ディスカッション
華僑・華人の教育と政治活動(政治参加)についてディスカッションがなされた。
教育について、日本の華僑学校は民族教育を目的としているが、印僑学校のそれは如何なものなのか、シンガポールに拠点をもつインド国際基金(GIF)によって創設された印僑学校であるならば、その背景はどういったものなのか、詳しく分析する必要があるとの指摘があった。
政治参加の定義について、政治的アイデンティと文化的アイデンティの関係も問題、また華僑総会における日本国籍に帰化した華人の入会取扱いや、アメリカやオーストラリアの人口統計にある「中国系」の分類は自己意識の原則に基づくが、父系血統重視がされている傾向が伺える等、エスニシティやアイデンティティに及ぶ議論がなされた。
研究会参加者 14名(会員11名、非会員3名) 懇親会参加者 7名 【劉雯会員記】
日時: | 2013年2月23日(土)14時〜17時 | |
場所: | 東洋大学白山キャンパス第三会議室 | |
テーマ: | 「ヨーロッパにおける中国系新移民――経済と社会の視点から」 | |
司会: | 玉置充子会員(拓殖大学) |
<第1報告> | ||
報告者: | 山本須美子会員(東洋大学) | |
論題: | 「EUにおける中国系アソシエーションと新移民の流入―イギリス・フランス・オランダの比較から―」 |
<第2報告> | ||
報告者: | 崔晨会員(拓殖大学) | |
論題: | 「ヨーロッパの華僑・華人経済概況と欧州債務危機による影響」 |
第1報告では、山本須美子会員が、EU内でも特に中国系人口の多いイギリス、フランス、オランダの中国系アソシエーションに着目し、その歴史的展開と新移民流入による変化を通して、新移民流入が各国の中国系コミュニティに及ぼした影響を比較検討した。
ヨーロッパの中国系移民は従来、いわゆる「サイレント・マイノリティー」と見なされ、東南アジアや北米、太平洋地域に比べて研究も少なかったが、1980年代以降中国本土からの新たな移民が流入したことと、EUの拡大・深化と相まって、特に1990年代後半から「ヨーロッパ」という枠組みでトランスナショナルに中国系移民を捉えようとする研究が多くなった。その中には各国の中国系アソシエーションに焦点、もしくは言及する研究もあるが、2000年代以降の文献はほとんどないのが実情である。今回の報告では、報告者の最近のフィールドワークから得られたデータに基づき、豊富な写真・映像を交えて、EUにおける華人アソシエーションの現状が示された。
新移民の流入による3国の中国系コミュニティおよびアソシエーションの変化に関し、報告者は次のように指摘した。イギリスでは、福建語や北京語の話者が多くを占める新移民は広東語話者が主流の旧アソシエーションには入らず、新しく立ち上げられたアソシエーションも継続せずに、新移民は既存のコミュニティの外側に位置づけられた不可視な存在となっている。フランスでは、新移民が集住して新しいアソシエーションを立ち上げ、新移民による中国系コミュニティの新たな拡大が可視化している。またオランダでは、新しいアソシエーションが多数設立される一方、浙江省出身者による旧アソシーエーションに新たに流入した浙江省出身者が加わり発展するなど、新移民を含みながら中国系コミュニティが拡大している。
そして、こうした違いは、新旧移民の出身地や使用言語、居住形態といった要因が複雑に絡み合って、新移民の流入が既存の中国系コミュニティにそれぞれ異なる変化を及ぼしたためだと結論づけた。
第2報告では、崔晨会員がヨーロッパにおける華僑・華人経済について、イタリア、スペイン、フランスの3国を取り上げ、中国系新移民の動向を踏まえて、各国の経済状況、華僑・華人企業数や業種、特徴、ビジネス社団組織、現地企業への影響などを概観するとともに、欧州債務危機が華僑・華人経済に与えた影響について分析を試みた。
欧州債務危機を背景に、2012年のEU主要国における失業率は平均10%を超えており、特に25歳以下の若年層の失業率が顕著である。このため、各国の移民政策は、かつての寛容なものから「選択的移民」に移行し、高度人材の受け入れが拡大する一方、非熟練労働者や不法労働者への規制・管理が強化されている。当然ながら、こうした変化は華僑・華人企業にも大きな影響を与えている。報告者は、現地社会の対応や華人以外の移民企業にも目配りした上で、欧州債務危機による華僑・華人企業および現地社会に対する影響について、中国製廉価製品の限界、市場が飽和状態となったことによる競争激化、中国系住民がターゲットとなる治安問題、中国への送金にからんだマネーロンダリング問題を指摘した。
以上の報告に対し、質疑応答では、各国でのアソシエーションのあり方に違いは見られるのか、不法移民およびその子供たちに対してどのような対応が採られているのか、ヨーロッパと中国を結ぶ新移民による独自の流通・貿易ルートがあるならそれは債務危機でどのような影響を受けているのか、といった質問がなされた。
また、両報告を通して、日本では紹介されることが少なく実態がつかみにくいヨーロッパの華僑・華人の現状や動向について、イギリス、フランス、オランダ、イタリア、スペインというEU主要各国の状況を社会、経済という異なる視点から比較することができ有意義であったとの感想が聞かれた。
研究会参加者7名(会員5名、非会員2名)、懇親会参加者4名【玉置充子会員 記】
■2012年度第1回研究会報告■
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日時: | 2102年12月8日(土)13時〜18時 | |
会場: | 東北大学文学部文学部棟2F大会議室 | |
テーマ: | 「僑郷華南の現在」 | |
主旨説明: | 川口幸大(東北大学) | 「僑郷華南の現在」 |
市川哲(立教大学) | 「海外華人研究と僑郷研究の連動の可能性」 | |
報告: | 川口幸大(東北大学) | 「豊かな僑郷―移住地と故郷の関係を再考する」 |
稲澤努(東北大学) | 「現代の僑郷における人の移動―広東沿海の一地方都市を事例として」 | |
兼城糸絵(東北大学) | 「人の移動と僑郷社会—福建省福州市の事例から」 | |
長沼さやか (日本学術振興会・ 東京外国語大学) |
「華僑のいる村、いない村―広東珠江デルタにおける村落の歴史と構造」 | |
コメンテーター: | 瀬川昌久 (東北大学) |
本研究会では、華南地域における具体的なフィールドワークの事例から今日的な華僑華人研究の展望を開くことを目的とし、4人のスピーカーの報告から、①移動ベクトルの現状、②「伝統復興」(あるいは「故郷の建設」)の担い手の変遷、③華僑/僑郷のイメージと実体の再考、という三つの問題系を検討した。
まず市川と川口が、それぞれ中国中心主義によらない海外華人研究と僑郷研究との連動の必要性、および「中国社会-華僑華人-僑郷」といったステレオタイプ化した理解に対する再考の必要性に関して問題提起を行った。
続いて第1報告として、川口は、広東省広州市番禺区S鎮の事例をもとに、僑郷研究がこれまでの「豊かな海外」/「貧しい僑郷」パラダイムが通用しない、新たな段階に入っていることを指摘した。
第2報告者の稲澤は、広東省汕尾市の事例をもとに、珠江デルタのように目覚ましい発展を遂げた地域とは異なる人の移動の特徴を、今日的な移動のベクトルとそれに果たす華僑の役割に注目しつつ、現地で出版された文学作品をも参照して分析した。
第3報告者の兼城は、福建省福州市の事例をもとに、現在の僑郷が移民を送り出す地であるとともに、受け入れる地でもあること、海外移民により僑郷の村落人口が減少する状況の中、外地人は他者として存在する一方で村落における儀礼を支える存在になっていることを明らかにした。
第4報告者の長沼は、明代から開発が進み比較的古くから人がんできた「民田」と呼ばれる地域と、清代や民国期になって開発が進み比較的新しく人が住むようになった「沙田」に注目し、「沙田」では大規模な宗族が発達せず、人々は海外にフロンティアを求めるよりも沙田というフロンティアの開拓に向かったこと、その結果、これらの地域では華僑の送出が進まなかったという可能性について指摘した。
以上の趣旨説明および四名の発表に対し、コメンテーターである瀬川からは、『僑郷華南』で行った国内移動と国際移動の連続性に関する議論は、国際移動を伝統的な村落社会の秩序と反する現象であると捉えたJ.ワトソンの研究に対する批判の意味があり、例えば国内で移動した人々は、はじめから大規模な宗族や分派を形成しようとして移住したのではなく、出身地と移住先との関係が一時的に切れたり再構築されたりする過程で、結果的に大規模な宗族の形成につながったのであり、それは海外移民にも共通して見られる現象であったという指摘がなされた。そして今日的な僑郷研究を行う意義とは、単なる最新の時事的な報告に留まるのではなく、僑郷における富や威信、成功者のロール・モデル等を地域社会のコンテクストに即して理解する必要があるというコメントがなされた。
その後、禁止されている移住先ほど憧れや祝祭性が高まるのではないか、今回の議論は広東の事例が中心であり、閩南の事例とはかなり異なること、僑郷に関する言説の作り方に注目するべきではないかということ、僑郷とは移民の送出が血縁的なイディオムから地縁的なイディオムに変換したのではないか等、質疑応答がなされた。
講演会参加者12名(会員6人、非会員6名)
懇親会参加者8名【市川哲会員 記】
■2011年度第2回研究会の報告■日時: 2011年10月22日(土)午後5時~午後7時15分 場所: 慶應義塾大学三田キャンパス 南館4階会議室 発表: 和仁廉夫会員(一般会員、ジャーナリスト) コメンテータ: 山本須美子会員(東洋大学) 司会: 谷垣真理子会員(東京大学) 和仁会員の報告は「僑郷志向を強める中国ミスコン」と題し、中国各地で行われているミスコンテスト(以下、報告者の用語法にしたがってミスコン)をとりあげ、僑郷をキーワードにそのなかの新しい潮流を分析しようとしたものであった。本報告では映像資料が多用され、臨場感あふれるものとなった。 本報告で主な題材となったのは、ミス・ニューヨーク・チャイニーズ(紐育華裔小姐)であった。2002年に始まった同ミスコンは2003年からニューヨーク郊外のモヒガンサンカジノ(金神大賭場)でファイナルが行われるようになった。ニューヨークにはマンハッタンのチャイナタウンのほか、クイーンズのフラッシングなど「第2のチャイナタウン」と呼ばれる郊外型チャイナタウンがあり、中国系人口は61万人にのぼるという。 中国のミスコンの原型は1973年から続くミス香港(香港小姐)までさかのぼる。テレビ局の人材八活を兼ねており、入賞者はTVBと専属契約を結び、過去の入賞者から女優やタレントを輩出した。1985年、香港のライバル局ATVが亜洲小姐を始め、1988年には中国ミスコンの始祖である「美在花城」が広州電視台で始まった。「美在花城」は当初隔年開催で男女コンテストであったが、2003年に女性のみのミスコンとなり、ダンスと歌唱をとりまぜた中国ミスコンの基本形式を確立した。その後、中国内地ではさまざまなミスコンが実施されるようになった。 日本の事例と比較すると、中国のミスコンは長い予選期間があり、その間に出場者はキャットウォークやポーズだけではなく、ダンスや歌唱など、自身の才芸に磨きをかけた。しかし、林立するミスコンに中国婦女会などから批判が寄せられ、中国ミスコンは2000年代に入ると、国際大会を積極的に招致し、さらにその後、海外華僑と連携し、僑郷志向を打ち出すことに新たな活路を見出している。 本報告に対しては、ミス・ニューヨーク・チャイニーズで、優勝者が中国の血統を引くものの、ミスコン応募時には中国語を解さなかった米国出生者であったことなどから「中国ミスコンの審査基準が西欧的な価値に追従しているのではないか」「ミスコン批判にフェミニズム的視点が欠けているのが中国的ではないか」「出場者が『チャイニーズ』であるという認定は父方出自か、母方出自か」「米国のチャイナタウンでの政治的プロパガンダは存在しないのか」「ミスコンの観衆は何を楽しんでいるのか」など、さまざまな質問が寄せられた。 夕方5時から夜間にかかる時間に開催されたが、休憩なしの2時間強の本研究会には、12名(会員10名、非会員2名)が参加した。その後の懇親会にも10名(会員9名、非会員1名)が参加し、引き続き熱心に意見交換した。 (文責:谷垣真理子会員) |
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■2010年度第4回研究会の報告■ 日時: 2011年3月26日(土)午後2時~5時30分 場所: キャンパスプラザ京都・6階第2講習室 発表: モリ・カイネイ会員(立命館大学大学院) 「世界宣教を目指す華人系プロテスタント教会―『ミッション』による全体モデルの可能性について」 コメンテータ: 宮原暁会員(大阪大学) 司会: 芹澤知広会員(奈良大学) 立命館大学大学院に在学中のモリ・カイネイ会員が、現在調査中のプロテスタント教会について発表した。 本発表での「華人系プロテスタント教会」とは、華人が多く集まり、華人が教会運営の主導権を持つプロテスタント教会のことである。モリ会員によると、今日の華人系プロテスタント教会の成り立ちには、宣教活動が深く関わっている。そのなかでも、1970年代以降に顕著になった、「世界華人福音運動」という華人による宣教運動が大きな影響を与えている。 本発表では、この歴史的前提のもと、日本における華人系プロテスタント教会の現状を、宣教師の実践と世界観を手がかりに紹介し、従来の華人ディアスポラ論とは異なる、キリスト教研究に基づく「全体モデル」構築の可能性が論じられた。なお、モリ会員の調査では、2010年8月現在、日本全国で36の華人系プロテスタント教会が確認されている。 近年、華人宣教師が来日して設立した華人系プロテスタント教会は、各宣教師が明確なヴィジョンを個々に持ち、宣教対象者に対して計画的で、柔軟な宣教活動を展開している。さらに、日本社会に適応した華人信徒のなかから志願者を募り、次世代の宣教師養成も行っている。そのため、「宣教地における教会」として土着化するいっぽうで、グローバルな一面をもって、今後の宣教地の範囲を拡大していく拠点にもなる傾向がある。プロテスタント教会に集う華人の連携は、一般的な経済活動という利益中心の連携ではなく、キリスト教の信仰という、強力な普遍主義のイデオロギーを中心にした求心的なものであるという。 コメンテータの宮原会員は、プロテスタント宣教における「エキュメニカル運動」と「福音主義」など、発表で使われた用語の意味の問題や、本発表が批判の対象とする、一神教に対する従来の人類学のアプローチや、新たに提起しようとする「ミッション・モデル」など、全体の流れ・枠組みに関わる問題についての質問をした。また、華人系の教会であるにもかかわらず、シンガポールから牧師が来ているフィリピンのベタニ教会や、マレー語、中国語、「ババ・チャイニーズ」の3言語で日曜日の礼拝をしている、シンガポールのカトン教会の例を挙げて、華人宣教師を受け入れる個別社会を見ていくことで、プロテスタント教会の真髄がさらに深くわかるのではないか、という今後の研究を進めるうえでの方向性を示唆した。 モリ会員の発表は、世界的なプロテスタント宣教の歴史や、中国国内のプロテスタント教会の歴史を含む、広範囲の内容を持ち、質疑応答の内容も多岐にわたり、ディスカッションは時間を要するものになった。 当初この研究会では、発表がもう1本予定されていた。しかし発表者が急に出席ができなくなった旨の連絡が当日入った。そのため時間配分等、司会進行のうえでは開会時に気がかりな点があったが、会員7名、非会員3名、計10名の参加者は、モリ会員の興味深い発表をめぐって十分に議論をする時間が与えられ、結果としては予定時間どおりに終了した。 (文責:芹澤知広会員) |
■2010年度第3回研究会の報告■ テーマ: 華僑華人分析にみる文字資料の資料的価値の検討―韓民族から見る漢民族 日時: 2010年12月4日(土)10:30~17:30 「台湾漢族社会における通時的分析資料としての訃聞の可能性」 |
■2010年度第2回研究会の報告■ 日時:10月2日(土)午後6時~8時 発表1:玉置充子会員(拓殖大学)「華僑報徳善堂とタイの華人団体の慈善ネットワーク」 司会:志賀市子会員(茨城キリスト教大学) 参加者は、常任理事会終了後の6時からという比較的遅い時間から始まったこともあり、会員12名、非会員2名にとどまった。(文責志賀市子会員) |
■2010年度第1回研究会の報告■
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■2009年度第6回研究会の報告■
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■2009年度第5回研究会の報告■
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■2009年度第4回研究会の報告■ 公開ワークショップ「1960年代・70年代の香港」 日時: 2009年12月19日(土)13:00-16:30 場所: 奈良大学図書館3階セミナー室(D-308) 参加者: 9名(うち会員5名)、懇親会参加者7名 第1報告 道上知弘(会員、慶應義塾大学・東京大学非常勤講師) 「60年代香港広東語映画の光と影」 第2報告 廣江倫子(会員、大東文化大学専任講師) 「1974年の公用語条例改正と中文の使用」 コメント 日野みどり(会員、金城学院大学教授) 奈良大学図書館・企画展示「香港の新聞『大公報』とその周辺」(2009年10月10日~2010年1月30日)の開催と、関連書籍『「読み書き」から見た香港の転換期-1960~70年代のメディアと社会』(吉川雅之編、明石書店2009年10月刊)の出版を記念して、企画展示を担当した芹澤知広(会員、奈良大学准教授)との共催のかたちでの研究会が行われた。 第1報告では、香港で撮影され、香港に拠点を置く映画会社によって制作された「香港映画」のうち、1950年代から60年代前半にかけて制作された広東語映画に焦点をあてて、その歴史が辿られた。とくに1960年代に特徴的な、アイドル女優を起用した広東語映画について、映像の紹介も含めて詳しい説明があった。また、当時の広東語映画の「影」の部分として、1960年代後半に顕著となる広東語映画衰退の要因のいくつかが指摘された。 第2報告では、中文公用語化運動の影響を受けて1974年に公用語条例が成立した後も、香港における言語使用のパターンには変化がなかったという仮説の下、とくに司法機関における中文使用が詳しく検討された。香港の法廷での裁判の過程がわかりやすく紹介され、裁判官、検察官、弁護士などの法曹関係者が英語で訴訟手続きを進めるという点で、1974年以後も変化のなかったことが指摘された。 コメントでは、『「読み書き」から見た香港の転換期-1960~70年代のメディアと社会』の公刊に至った、報告者を含む共同研究グループの今までの歩みが紹介された後、それぞれの報告に対する質問やコメントが出された。そのなかには、第1報告と対になるようなかたちで第2報告は「植民地としての香港」という側面に焦点をあてている、という本ワークショップの全体の枠組みにかかわる重要な指摘も含まれていた。 年末の忙しい時期で参加者は多くなかったが、自身の関心のある報告を聞くために、香港や東京から奈良へわざわざ駆けつけた人もいた。少人数のアットホームな雰囲気のなか、休憩時間や懇親会場への移動中も含め、参加者同士の熱心な意見交換が時間の許すかぎり続いた。 文責:芹澤知広会員 |
■2009年度第3回研究会の報告■ 日時: 2009年9月28日(月)午後6時~8時30分会場: 東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム第4番 第一報告 内藤理佳氏(上智大学ほか非常勤) 「中国返還後のマカエンセ(Macaense)のエスニシティー変容 -マカオ在住マカエンセ16名の聞き取り調査から」 第二報告 塩出浩和会員(城西国際大学) 「一九四○年代の香港政治制度改革 -戦中と戦後、その継続性」 共催: 科研費基盤研究(B)「北東アジアから東南アジアを結ぶ華人ネットワーク」(代表: 谷垣真理子会員)および広東研究会(第37回) 参加者数: 14名(会員4名、一般10名) 新学期の平日夕刻の開催でしたが、予想以上の参加者(特に未会員と非会員)があり、用意したハンドアウトが足りなくなりました。また、とりわけ第一報告は内容が新鮮で濃かったため、議論が白熱し、研究会全体で予定の時間を約45分超過しました。懇親会にも7名が参加しました。 第一報告は、これまで日本語による本格的な研究がなかったマカオのポルトガル系子孫たちについての文化人類学的研究でした。報告者の修士論文(放送大学大学院に提出)が元になっています。ポルトガル語による先行研究の検討と報告者が2008年にマカオで行なったインタビューによって、マカエンセ・エスニシティーの現状と将来展望が示されました。報告者の結論は「急速に中国化が進みつつあるマカオにおいて、エスニック集団としてのマカエンセ・コミュニティーは事実上消滅する可能性が高い」というものでした。質疑応答では、マカエンセの表徴のひとつである「ポルトガリダーデ」の内容について、地域集団としての「新しいマカオ人」形成の可能性について、などが議論されました。 第二報告は、1947年に出されたいわゆる「ヤング憲政改革」の内容とその背景を検討するものでした。当時の香港政治制度改革が日本占領期の「地方自治導入の試み」と世界的な「民主化の競争」の影響を受けたものであったと指摘されました。報告の中で、報告者は「1943年に日本軍政当局によって強制帰郷や海南島への労働者移送が行なわれた」という趣旨の発言をしましたが、これは誤りでした。このような政策はほぼ1942年中に終了していました。(この点は和仁廉夫会員から研究会後にご指摘を受けました。ありがとうございます)当日は、第一報告についての議論がとても面白かったため時間が少し足りなくなり、第二報告は内容の一部が割愛されましたが、第38会広東研究会(11月2日、沖縄北谷)で拡大改訂版が報告されます。 文責:塩出浩和会員 |
■2009年度第2回研究会の報告■ 日時:2009年5月29日(金)18:00~20:30会場:東京大学駒場Ⅰキャンパス 教養学部18号館4階 コラボレーションルーム4 本研究会では、「歴史からみたインドネシア華人」というテーマのもと、工藤裕子会員(東京大学大学院)と青木葉子会員(早稲田大学大学院)のお二人にご報告いただいた。 まず、工藤報告 「ジャワにおける台湾籍民―20世紀初頭のスマランの事例より」では、蘭印における華人の社会・経済状況と国籍規定への対応からその要因を分析し、さらに、中部ジャワの貿易港であるスマランの台湾籍民(日本の台湾領有期に日本籍を持ちながら、中国や東南アジアに在住した台湾人)の活動に注目し、日本、台湾との関係を考察した。 次に、青木報告「バタヴイアの華人私領地―農業企業形成の一事例として」では、植民地期インドネシアにおけるグローバルな農業企業成立の事例としてバタヴイアの華人私領地について取り上げ、その華人私領地と19世紀末からアジアにおいて形成された米市場との関係について検討した。 両報告に対してフロアから多くの質問が寄せられ、活発な討論がおこなわれた。 出席者数:11名 文責:山本信人会員 |
■2009年度第1回研究会の報告■ 2009年度第1回研究会は、2009年4月5日(日)午後1時30分より5時30分まで、京都大学吉田キャンパスにおいて行われた。本研究会は、「中越関係の展開と両国の狭間を生きる華人とヌン族」という共通論題をかかげ、冒頭において伊藤正子会員が趣旨説明を行い、鄧応文氏、塚田誠之氏、芹沢知広会員の各氏による個別報告の後で片岡がコメントを行った。個別報告の概要であるが、鄧応文氏は中越国境貿易の変遷について、1980年代の国境貿易再開から1996年以降の整理・縮小に至る経緯と、その背景にある両国政府の方針についての分析を行った。続く塚田報告では、民族的に同系統にある中国の壮族とベトナムのヌン族の、国境を越えた相互往来について説明し、複数国にまたがる民族集団のミクロなネットワーク形成についての考察を行った。最後に芹沢報告では、ホーチミン市内の華人系宗教施設のサーベイから、華人、キン族、ヌン族の宗教実践の特徴を抽出・比較した。コメントから総合討論にかけては、華僑華人研究およびベトナム地域研究の双方の立場から、華僑/華人とは何かについての活発な議論が展開された。 研究会参加者は20名(会員10名)、そのうち13名が懇親会に参加した。 文責:片岡樹会員 |
■2008年度第5回研究会の報告■ 2008年度第5回研究会は、2009年2月21日(土)午前10時15分から午後1時まで東京大学駒場Ⅰキャンパスにて行なわれた。報告は、村井寛志会員、坪井祐司氏(非会員)、東條哲郎会員の3名による華人新村に関する共同調査の成果であり、「華人新村から見たマレーシア地域社会史―ヌグリ・スンビラン、スランゴール2州における調査から―」という題目で行なわれた。報告では、マレーシア半島部で40年代末~50年代初頭、マラヤ共産党対策として形成された「新村」と呼ばれる村落が華人社会にどのような影響を与えているのかについて、戦前期から新村期を経て現在に至る個々の村の歩んだ歴史を半島中部西海岸のヌグリ・スンビラン、スランゴール2州の複数の新村におけるオーラル・ヒストリー調査と文献資料調査の結果から、その地域的な共通性と相違性を見出すものであった。 コメントは市川哲会員からなされ、人類学的調査との連関、地域社会史という視座の可能性、中国本土との関係、葬儀や墓をめぐる華人組織と新村社会の関係についての指摘がなされた。また、フロアからは、新村期における村落における生業変化が新村華人の政治や社会に与えた影響や、マレー人村落調査を並行することによるマレーシア現代史への可能性など、様々な面からの指摘がなされ、活発な討論が交わされた。 研究会参加者:報告者3名(うち会員2名、非会員1名)、参加者12名(うち会員10名、非会員2名) 文責:東條哲郎会員 |
■2008年度第4回研究会の報告■ 日時:2009年1月24日(土) 13:30~18:00 場所:大阪大学中之島センター 3F 多目的スペース2 テーマ:人類学と華僑華人研究 第1報告 櫻田涼子会員 (筑波大学大学院) 「場所の人類学 ― マレーシア華人の住宅事例から」 第2報告 津田浩司会員 (日本学術振興会特別研究員PD) 「関係性の中の『華人性』 ― 現代インドネシアのフィールドから」 司会:宮原曉会員 (大阪大学グローバルコラボレーションセンター准教授) 参加者17名、うち6名が福島駅近くのトルコ料理店での懇親会に参加した。 今日、華僑華人研究は、研究対象としての「華僑」「華人」をどう定義し、同定していくかという研究の根幹にかかわる問題に直面している。こうした問題は、「華人ネットワーク」や「商才民族」といった華々しいみかけとは裏腹に、クレオール主義の問題や二重意識の問題、ひいては近代とは何かを問う複雑な問題構成をとっている。また、現象としてみても、出身地(国民国家)と移民先(国民国家)の関係に加え、出身地への 環流や再移民、現地化、中国化といった華人の複雑な動きを観察することができる。従来、華僑華人研究は、歴史学、地理学、経済学、政治学、文学、国際関係論などの様々な学問分野からのアプローチがなされてきたが、今日、直面する問題を正しく理解するためには、諸専門分野の総合が必要不可欠である。本研究会では、文化人類学の分野から今日の華僑華人をとりまく複雑な問題を眺めた場合、どのような研究が可能なのか、お二人の若手の研究者を招いてお話を伺うとともに、様々な学問分野の専門家に広く呼びかけ、華僑華人をめぐる文化人類学的研究の今後の方向性について議論を行った。 文責:宮原曉会員 |
■2008年度第3回研究会の報告■ 奈良大学地域連携教育研究センター主催、日本華僑華人学会協賛の企画として、2008年12月7日に第3回研究会が行われた。午後3時から4時30分までのあいだ、奈良大学通信教育部棟にて、カナダ・トロント大学・社会学科のエリック・フォン教授(Prof. Eric Fong)による発表、「北米における華人のビジネス:トロントの事例(Chinese Businesses in North America: A Case Study in Toronto)」を中心に、「地域社会研究・特別セミナー」が行われた(使用言語は英語)。 はじめにフォン教授は、2種類のトロントの中国人商店の写真を参加者に見せた。1つは、市の中心部にあるチャイナタウンの写真である。もう1つは、市の郊外にあるショッピングモールである。そして、北米への中国系移民の歴史と、エスニック・ビジネスの研究史とを辿ることから、近年起きた経済のグローバリゼーションが、外国からの投資と労働移民をもたらし、かつてのチャイナタウンとはイメージを異にする、郊外型のエスニック・コミュニティ(「ethnoburb」)をつくりだしたことを紹介した。 さらにフォン教授は、トロントを対象に行った計量的な研究にもとづき、今日華人の商業の過半数が、エスニック・マイノリティの集住地区ではない地区で行われているということ、もっとも多い業種は小売であること、従業員9名以下の小規模な事業が大半を占めるということなどを、具体的なデータを示して紹介した。 発表の後は活発な質疑応答が行われ、さらに充実した研究会となった。例えばフォン教授は、心理学を専攻する大学院生が多数出席していたのに応えて、華人の子供たちは親の商店を継ごうとしないが、なぜなのかはわからない、と教育に関わる問題をフロアーに投げかけた。それに対して在日コリアンの研究をする社会学者から、在日コリアンの場合には自分で起業することが重要だと考えられているというコメントがあった。 本研究会を担当した芹澤を除き、日本華僑華人学会会員の参加が一人もなかったのは残念だった。年末の忙しい時期の開催であり、会場の奈良大学への交通も不便であったことが原因だと考えられる。 研究会参加者:20名(会員1名、非会員19名) (文責:芹澤知広会員) |
■2008年度第2回研究会の報告■ 日時:2008年7月19日(土)13:30~18:00会場:東洋大学白山キャンパス5号館(大学院棟)5B11教室 司会:山本須美子会員(東洋大学社会学部准教授,企画委員) 発表(1)発表者:津田浩司会員(日本学術振興会特別研究員PD) 論題:「再華人化」の再検討―ポスト・スハルト期インドネシア地方都市における中国語ブームを手がかりにー コメンテーター:北村由美会員(京都大学東南アジア研究所) 発表(2)発表者:松村智雄会員(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程) 論題:スハルト後のインドネシアにおける、華人社会にとっての儒教、国家にとっての儒教―華人の権利回復過程は国家の枠組みをどう変えたか― コメンテーター:貞好康志会員(神戸大学国際文化学部) 津田発表では、2006年半ばにジャワの一地方小都市ルンバンで起きた中国語(北京官話)学習ブームを取り上げ、そこで学ぶ人々の語りから当事者の生活実感を通して「再華人化」と結論付けたくなる現象を再考した。次の松村発表は、ユドヨノ政権が儒教を公認宗教であると宣言した結果、2005年以降ジャワ神秘主義の間に儒教と同様の扱いを国家に対して要求する動きが活性化したのは、スハルト政権がジャワ神秘主義と儒教を同じ土俵の上で扱ったことに起因することを論じた。 本研究会は二発表ともインドネシア華人に関するものであったため、インドネシア華人の専門家たちによって熱のこもった専門性の高い議論が繰り広げられた。 研究会参加者:20名(会員10名、非会員10名) 懇親会参加者:7名 (文責:山本須美子会員) |
■2008年度第1回研究会の報告■ 日時:2008年7月12日(土)午後2時15分~午後5時45分 場所:東京大学駒場キャンパスⅠ(教養学部) 18号館4階コラボレーションルーム2 第1報告 報告者:日野みどり氏(金城学院大学現代文化学部 教授) 論題:「日本占領期香港の学びと暮らし」 第2報告者 報告者:和仁廉夫氏(ジャーナリスト) 論題:「香港軍政史研究十五年-97年回帰を境に変わった視座」 第1報告者の日野氏は、現代中国の人材市場や職業観について多彩な論考を発表されてきたが、今回は3月に刊行されたばかりの訳書『日本占領期香港の子どもたち-学びと暮らしのオーラルヒストリー』(凱風社、2008年)を題材に、日本軍政下の香港での教育と暮らしについての知見を披露してくださった。第2報告者の和仁氏は香港軍票訴訟以来、香港軍政史研究に取り組まれてきた。その15年間の研究歴を踏まえて、香港在留邦人の視点や、珠江デルタや中国の抗日戦争史と関連づける視点の重要性を指摘した。 本研究会は日本広東研究会との共催であり、科学研究費基盤研究C「華南地域社会の歴史的淵源と現在」の研究活動の一環であった。今回は香港軍政期に関しての報告が2本揃ったため、日本軍政に関心を持つ方の参加も見られた。また、香港研究者が金沢からも参加し、さまざまな刺激的な質問が飛び交った。 研究会参加者:11名(会員4名、非会員5名、報告者2名) 懇親会参加者:6名 (文責:谷垣真理子会員) |
■2007年度第4回研究会の報告■ 日時:2008年2月28日(木)18:30~20:00会場:慶應義塾大学三田キャンパス 南館5階ディスカッションルーム 発表者:東條哲郎会員(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程) 論題:「マレー半島における華人錫鉱業と海峡植民地:19世紀後半から20世紀初頭における生産と流通を中心に」 コメンテイター:古田和子会員(慶應義塾大学経済学部教授) 司会:吉原和男会員(慶應義塾大学文学部教授,企画委員) 研究会参加者:10名(うち2名は入会希望者) 懇親会参加者:9名 (文責:吉原和男会員) |
■2007年度第3回研究会の報告■ 日時:2008年1月26日(土)13:30~18:00会場:東洋大学白山キャンパス5号館(大学院棟)5B11教室 司会:山本須美子会員(東洋大学社会学部准教授,企画委員) 発表(1) 発表者:相沢伸広氏(アジア経済研究所研究員,入会申請中) 論題:「華僑・華人問題とインドネシア-中国関係 1966-1967」 コメンテーター:津田浩司会員((東京大学大学院総合文化研究科) 発表(2)発表者:奈倉京子会員(厦門大学人文学院ポストドクター) 論題:「インドネシア帰国華僑のアイデンティティの形成とその変容」 コメンテーター:川崎有三氏(防衛大学校教授) 相沢発表は、1965年~67年というインドネシアと中国の関係が非常に変化した時期に絞り、インドネシアのチナ問題解決基本政策にみる華人とインドネシア国家と中国という三者の関係について論じた。次の奈倉発表は、主に広東省台山海宴華僑農場での1年半に渡るフィールド調査に基づいて、インドネシア帰国華僑のアイデンティティ形成とその変容について検討した。 本研究会はインドネシア華僑とインドネシア帰国華僑に関する発表であったため、インドネシアを専門とする研究者が神戸や名古屋からも集まり、学際的な熱のこもったディスカッションが繰り広げられた。 研究会参加者:19名(会員7名、非会員12名) 懇親会参加者:8名 (文責:山本須美子会員) |
■2007年度第2回研究会の報告■ 日時:2007年12月1日(土)13:30~18:002日(日)10:30~16:00 会場:東京外国語大学本郷サテライト7階会議室 司会:三尾裕子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授,企画委員) 本研究会は,東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究プロジェクト「中国系移民の土着化/クレオール化/華人化にいての人類学的研究」及び科学研究費補助金基盤研究(A)「東南アジアにおける中国系住民の土着化・クレオール化についての人類学的研究」(どちらも,代表:三尾裕子)の研究会です。両研究会は,原則的には,非公開の研究会ですが,今回は,海外より研究者をお招きして開催し,より多くの関連の研究者にご参加いただくために,日本華僑華人学会より後援をいただきました。 【プログラム】 12月1日(土)13:30~18:00 ≪ワークショップ≫ ベトナムにおける中国系住民の歴史・文化とアイデンティティ -ホイアンの事例から(ベトナム語-日本語通訳つき) 1. 三尾裕子会員 「序-ホイアンにおける「華人」と「明郷(Chinese Peranakan)」 2. Tong Quoc Hung氏(Hoi An Center for Monument Management and Reservation) 通訳:比留間洋一氏(静岡県立大学助教,非会員) "Chinese - Minh Huong People in Hoi An Trade Port in the Past" (往時の会安商港における華人と明郷人) 3. Truong Duy Tri氏(Hoi An Center for Culture and Sports) 通訳:新江利彦氏(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所フェロー,非会員) "The Clan of Truong Don Hau, Minh Huong Village, Hoi An Town: The Process of Living and Integration in Hoi An, VIET NAM" (越南会安明郷張敦厚族:会安における生活と統合の過程) コメンテイター:蓮田隆志氏(大阪大学,非会員) 12月2日(日)10:30~15:30 1. 片岡樹氏(目白大学,非会員) 「南タイ福建人社会のババ文化と土地公祭祀-プーケットの事例より-」 2. 山本須美子会員(東洋大学) 「EUにおける中国系第二世代のアイデンティティ-イギリスとフランスの比較から」 (文責:三尾裕子会員) |
■2007年度第1回研究会の報告■ 日時:6月16日(土)13:00~17:00 会場:慶應義塾大学 三田キャンパス 司会 吉原和男企画委員 発表(1) 発表者:北村由美会員(京都大学東南アジア研究所) 論題:「インドネシアにおける孔子教の再公認化をめぐって」 発表(2) 発表者:成瀬千枝子会員(関西学院大学大学院研究員) 論題:「日本の華人ビジネスの変容-大阪の江蘇省出身者を中心に-」 北村報告に対しては山本信人企画委員からコメントがなされ、成瀬報告に対しては周飛帆会員からコメントがなされた。参加者からは多くの質問やコメントがあり、終了後には懇親会が持たれた。 研究会参加者:28名(うち会員:15名、非会員13名) 懇親会参加者:9名 (文責:吉原和男会員) |
■2006年度第6回研究会の報告■ 日時:2007年1月27日(土),14:00-18:30 会場:東洋大学5号館(大学院棟)5B11教室 司会:山本須美子会員(東洋大学) 発表(1) 発表者:野澤知弘会員(日本医科学総合学院) 論題:「カンボジアの華人社会―華人学校の再興と発展―」 コメンテーター:山本須美子会員(東洋大学) 発表(2) 発表者:渋谷玲奈会員(成蹊大学・非常勤) 論題:「戦後における華僑と留学生の統合について―華僑・留学生関連刊行物を資料として」 コメンテーター:曽士才会員(法政大学) 野澤会員の報告では、東南アジアで最大規模の華人学校が存在するカンボジアの華人学校の歴史と現状を、2002、03 年の現地調査で入手した資料に基づき、映像も交えながら紹介された。カンボジアが対外開放政策をとった1989年以降における華語教育の発展要因を、カンボジア政府の対中政策や対華人政策および中国側の積極的な支援の動きから分析するとともに、校舎不足や校舎の老朽化、教員の質向上といった華人学校が抱える諸問題と今後の展望について述べられた。 渋谷会員の報告では、戦後の日本における華僑社会の形成期において、留学生と華僑がいかに連携を深めてきたのか、国立国会図書館プランゲ文庫所蔵や個人所蔵の、1946年から47年に刊行された華僑関連の雑誌を手がかりに検討された。戦後の困難な政治状況、生活条件を共有する留学生(大陸出身者、台湾出身者)と華僑が連携を深めていく様子が、日本の警察による発砲で死傷者を出した「渋谷事件」をめぐる救済活動や僑民登録、特配など具体的な事例を挙げながら紹介された。 報告者2名の熱の入った発表に予定時間が過ぎるほど活発な質疑応答が行われた。研究会終了後、大学近くの居酒屋で発表者を囲んでの懇親会が開かれた。そこでも引き続き活発に質疑応答が交わされた。 研究会参加者:17名(うち学会員5名、東洋大学教員・学生・OB 9名、一般の方3名) 懇親会参加者:7名 (曽士才 記) |
日時:12月2日(土),14:00-18:00 会場:東京外国語大学本郷サテライト3階 司会:三尾裕子会員(東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 企画委員) 発表(1)14:00-16:00 発表者:津田浩司会員(東京大学大学院博士後期課程) 論題:「『華人国家英雄』の誕生?-ポスト・スハルト期インドネシアにおける華人性をめぐるダイナミズム」 コメンテーター:貞好康志会員(神戸大学) 発表(2)16:00-18:00 発表者:新井和広氏(東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所) 論題:「東南アジア住民としてのアラブ:アイデンティティをめぐる諸相」 コメンテーター:小林寧子氏(南山大学) 今回の研究会では、インドネシアにおける移民のローカリゼーションを視野に、華人とアラブ系移民のケースをご発表いただいた。 津田会員の報告では、98年のスハルト体制崩壊以降に盛んになってきた「華人らしさ」を前面に出すような動きが、従来日々の生活の中で「華人性」なるものを長らく顕示的に語ることのなかった人々にとってはどのように映るのかを明らかにすべく、2003年にジャカルタの華人団体が試みた「華人国家英雄」を生み出そうとしたプロジェクトの顛末が詳細に分析された。 新井氏の報告は、東南アジアにおけるアラブ(ほとんどが、南アラビアのハドラマウト地方出身のムスリム)の概要、特にアラブのアイデンティティの諸側面を紹介することにより、華人サイドとの比較、さらには華人をテーマとする研究者との共同研究の可能性を探る目的で行われた。新井氏によれば、ハドラミーが所有する独自の系図と宗教者の活躍が、彼らのアイデンティティの根源であるが、またインドネシア社会への同化や政治への貢献も、彼らの自己認識の重要な部分を占めているという。 対象がインドネシアに限定されていたので、ホスト社会による移民およびその子孫(華人及びハドラミー)の受け入れ、現在のインドネシア社会におけるそれぞれの立ち位置についての意識の差異など、興味深い問題が論じられた。 研究会参加者:13名 懇親会参加者:9名 (三尾裕子 記) |
■2006年度第4回研究会の報告■ 日時:2006年10月6日(金)、18:30-20:30 会場:慶應義塾大学三田キャンパス南館5階ディスカッションルーム 司会:曽 士才 会員(法政大学教授、企画委員) 発表者:飯島典子 会員(文教大学非常勤講師) 論題:「広東省と東南アジアの錫鉱山を結ぶ鉱夫の移動 -広東東部とマレーシアを事例として」 コメンテイター:山本信人 会員(慶應義塾大学教授、企画委員) 発表テーマに強い関心を持つ会員数名を含む9名が出席して活発に発表と質疑応答を行なった後、懇親会が開かれ、7名が参加した。 |
■2006年度第3回研究会の報告■ 日 時:7月7日(金),18:15-20:30会 場:慶應義塾大学三田キャンパス,南館5階D-2051 発表(1) 司会:吉原和男 会員(慶應義塾大学文学部教授) 発表者:川口幸大 会員(東北大学大学院文学研究科博士後期課程) 論題:「宗族復興にみる現代中国の「歴史」・「文化」-二つの僑郷コミュニティの事例から」 今日の中国において、「伝統的」な文化はいかにして公的評価を得て再構築されて人々のアイデンティティや帰属意識の充足に寄与しうるかを、父系親族集団 である宗族の復興を事例にして考察した。事例には、復興した宗族と対比して復興しなかった宗族が取り上げられ、その理由、背景が検討された。2001-2 年の広州市における現地調査で入手した資料・映像が紹介され、活発な質疑が行われた。 発表(2) 司会:山下清海 会員(筑波大学大学院生命環境科学研究科教授) 発表者:崔 晨 会員(拓殖大学海外事情研究所華僑研究センター 客員研究員) 論題:「ベトナムにおける華人資本の変遷」 ベトナムにおける中国人移民の形成史、華僑人口の動態・分布についての概説のあと、今日にいたる「華人資本」形成と変遷およびその特質について述べら れ、発表者が研究を展開するに当たっての予備的報告がなされた。質疑・コメントでは、ベトナムにおける華人資本発展の可能性と研究における今後の課題が論 じられた。 参加者数 例会 19名(うち学会員15名、慶応義塾大学教員・学生4名) 懇親会 12名 |
■2006年度第2回研究会の報告■ 日 時: 6月2日(金)18:30-20:00会 場: 慶應義塾大学三田キャンパス,南館5階D-2051 司会: 吉原和男 会員(慶應義塾大学文学部教授) 発表者:王雪萍 会員(慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所助手) 論題:「改革・開放期中国における帰国留学生の就職制度の変化と留学生の海外滞留問題」 コメンテーター:杉村美紀 会員(上智大学総合人間科学部教員) 今回の王雪萍氏の発表は、王氏ご自身の博士論文(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科、2006年)の内容にもとづいたものである。発表のなかで王 氏は、まず帰国留学生の就職制度の変化とその要因にふれたうえで、1980年から1984年までに日本に派遣された留学生へのインタビューの成果をもと に、帰国留学生に関する就職制度の変化が留学生たちにどのような影響を与えてきたのかについて論じている。コメンテーターの杉村氏の言葉にもあったよう に、王氏の研究は、中国における留学というものが人材育成政策の一環として戦略的に捉えられている状況において非常に有意義なものであるものといえるだろ う。熱のこもった発表を反映して、報告後の質疑応答も活発に交わされた。 研究会終了後、学内カフェテリアにおいて発表者を囲んでの懇親会が開かれた。そこでも引き続き活発に質疑応答が交わされた。 参加者数 例会 26名(うち学会員14名、慶応義塾大学学生12名) 懇親会 16名(うち学会員10名、慶応義塾大学学生6名) |
■2006年度第1回研究会の報告■
日 時: 5月20日(土)15:00-18:00 |
第5回例会の報告 日時:2005年9月17日(土)18:00~20:00 報 告:黄 偉 初 (『横浜山手中華学校百年校誌』編集委員長,前横浜山手中華学校校長) 題 目:『横浜山手中華学校百年校誌』編纂から見えたもの 今回の例会のコーディネーターを務められた伊藤泉美氏(横浜開港資料館)の進行で進められた。黄偉初先生の報告は,横浜山手中華学校100年の歴史を,1時間半あまりにわたり話された。黄先生の話の後,質疑応答に入ると,次々と参加者から質問が出て,熱心なディスカッションが続き,予定終了時間を超えるほどの関心の高さであった。 【山岸 猛 記】 |
第4回例会の報告 日 時:2005年7月12日(火) 18:00~19:50 発表者: 山 下 清 海(筑波大学大学院教授,本学会常任理事) 題 目: 世界と日本の華人社会の動向~増加する中国新移民とニューチャイナタウンの形成~ まず,本例会の会場設定にご尽力された吉原和男氏(本学会常任理事)からあいさつがあり,次に司会の山岸 猛氏(本学会,例会担当常任理事)から,例会開催の趣旨説明および発表者の山下清海氏の紹介があった。 1.最近における世界の華人社会の動向 発表は,フィールドワークで自ら撮影した100枚近い世界各地のチャイナタウンの写真を用い,説明もとても分かりやすく,説得的であった。しかも新たな重要な問題提起も多く含むもので,教えられることが少なくなかった。例えば,新移民時代の祖国への回帰派出現やヨーロッパ,北アメリカなど非アジア圏への新移民(知識人も少なくない)の急増傾向,華人社会の多様化へと繋がる発表などが,その一部分である。 発表終了後,急遽,交流の機会をもつことになり,三田キャンパス近くの中国料理店「大連」において,大学院生・中国留学生たちも含めて,お互いの関心ある分野や,貴重な体験談などを語りながら,たいへん和やかな雰囲気で懇親会を行った。 |
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第3回例会の報告 日時: 2004年8月6日(金)15:00~17:00 場所: 日本財団ビル4F大会議室 内容: 陳東華氏(泰益興産株式会社)の講演と懇談会 テーマ:『近代長崎華僑の誕生』 懇親会: 18:00~20:00 中国料理店「頤和園(溜池山王店)」 会費4000円
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第2回例会の報告 日時: 2004年2月14日(土)15:00~17:50 場所: 日本財団ビル4F大会議室 内容:神戸華僑歴史博物館・王柏林館長と横浜華僑総会・曽徳深会長の講演と懇談会 懇親会: 18:00~19:30 中国料理店「黄鶴楼」(日本財団近く) 会費4000円
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第1回例会の報告 日時: 2003年8月29日(金)15:00~17:30 場所: 日本財団ビル4F大会議室 内容: 陳焜旺名誉会長と殷秋雄新会長の講演と懇談会 テーマ: 『留日華僑聯合総会から日本華僑華人聯合総会へ』 懇親会: 18:00~19:30 中国料理店「黄鶴楼」(日本財団近く) 会費4000円
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■広島 特別企画報告(2016年9月30日)■
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■2014年度第1回企画の報告■
現在、在日華僑ゆかりの伝統行事は、各地で当事者の努力によって継続している。しかし各研究者のディシプリンに直接関係しなければ、こうした行事の情報も参加の機会も逃しがちである。この度、上田貴子委員の発案と尽力により、在日華僑行事の見学会を企画委員会が行う試みもあり得るとして、京都普度勝会総理張敬博氏、京都華僑の陳正雄氏、そして黄檗山萬福寺の協力のもと、京都華僑の伝統行事である京都普度勝会の本祭第二日目を一日かけて見学した。 京都黄檗山万福寺における普度勝会見学会 甘露(近畿大学文芸学研究科) 10月19日に神戸華僑華人研究会との共催で京都の黄檗山万福寺での普度勝会の見学会が行われた。当日は天気も晴れ、参加者21名が、朝の11時頃に万福寺の総門の前に集合した。普度勝会とは正式には水陸普度勝会と言われる。京都以外でも、神戸、長崎でも行われており、福建出身の華僑が中心となって行っている先祖を供養する行事である。「普度」という言葉は仏教用語の中で「衆生を救う」という意味で、さらに広げると「すべてのものを苦痛の中から救い出してくる」という意味である。 (文責:園田節子 企画委員会委員長) ■2012年度華僑華人学会第1回特別企画報告■
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日時: | 2102年10月27日(土)10時〜17時 |
会場: | 立教大学池袋キャンパス太刀川記念館三階 多目的ホール |
テーマ: | アジアのディアスポラ文学—日本とマレーシアの交流文学事例から |
第一セッション <ディアスポラの中の華人文学>
及川茜(神田外語大学)「言語意識から見る寓言:李永平と張貴興を例に」
舛谷鋭(立教大学)「“留学”を超えて—マレーシア女性華人作家の天路歴程」
廖赤陽(武蔵野美術大学)「日華文学と在日文学における歴史化と“私”:黒孩・柳美里・藤代泉をめぐって」
金恵俊(釜山大学)「韓国華人文学初探」
宮原曉(大阪大学)「コメント」
第二セッション <「日華文学」の創作と可能性>
田原(東北大学)「二つの言語のはざまで—二言語創作と詩歌の翻訳」
藤田梨那(林叢)(国士舘大学)「在日中国人の文学創作のビジョンと問題」
張石(中文導報)「東京の傷跡—経済格差と文化の衝突に導かれる愛情悲劇」
林祁(華僑大学)「“〜の間の詩人”の放逐と放題:田原論」
廖赤陽「コメント」
2012年10月27日、日本華僑華人研究学会と立教大学観光学部交流文化学科、大阪大学グローバルコラボレーションセンター共同主催の公開シンポジウム「アジアのディアスポラ文学—日本とマレーシアの交流文学事例から」が開催された。
開催場所の立教大学池袋キャンパス太刀川記念館三階多目的ホールには、海外からの講演者他、30名程度の研究者が集まり、アジアのディアスポラ文学について、他ならぬ華僑華人の文学状況を契機に議論された。
台湾海峡を挟むいわゆる両岸四地以外の中国語文学は非国語文学であり、また作家が居住地の国語文学に参加した場合も、多民族社会の中のディアスポラによる文学営為として、ポストコロニアル文学と捉えられるが、中南米、南米の例を除き研究途上にある。特に日本の華人文学(日華文学)研究は国内研究者にとって喫緊の課題だが、学術研究は個別のケースを除きほとんど行われていない。このシンポジウムでは、日本、韓国の事例を、アジアのディアスポラ文学研究としてほぼ確立したマレーシアの事例(馬華文学)と比較しながら、文学性そのものだけでなく、移民社会と地域社会の変容、アイデンティティの葛藤、バイリンガルと文化移動、ネィティブとディアスポラなどのテーマを、午前の研究者セッションと午後の実作者セッションに分かれて活発な議論がなされた。
特別企画参加者32名(会員10名、非会員22名) 懇親会参加者14名 【舛谷鋭会員 記】
■2011年度第2回特別企画の報告■日時:2012年1月28日(土)13:30-18:00 第一報告では、「国民経済」の形成の観点から、1930年代ジャワにおける華人精米業者の活動実態の解明が目指された。世界恐慌発生以降の蘭領インドネシアでは、砂糖に代表される換金作物の輸出不振により米への栽培転換が行われ、さらに1934年以降の植民地政庁の外米輸入制限政策によりジャワ内の余剰米が蘭印各地へ移出されたが、その流通を主に担っていたのは華人精米業者であった。これらの華人の精米業者が1930年代の政庁の米穀政策、これと連動する植民地銀行の融資方針に適応すべく精米業者組合を結成し、そのネットワークを強化する過程を、米移出や銀行融資に関わる史料等の植民地行政文書の博捜により具体的に明らかにし、植民地政庁・銀行と相互依存しつつ華人が「国民経済」の形成に関わっていたことを示した。 第二報告は、「琉球華僑」が沖縄の地域社会におけるマイノリティとして、どのような位置を占めていたのかを検討することにより、「本土—沖縄」の枠組ではなく「台湾—沖縄」という斬新な枠組で沖縄社会の独自性を明らかにする貴重な試みであった。本報告では、沖縄の日本復帰後から1990年代までを対象に、密貿易・モグリ業者・担ぎ屋といったインフォーマル経済の担い手として沖縄社会のマジョリティによって認識されてきた琉球華僑について、沖縄社会がどのように認識してきたのかを論文・新聞記事・ 社史等から明らかにする一方、琉球華僑へのインタビュー等を通して彼ら自身の認識も明らかにし、両者の認識の比較から、当該期の沖縄社会の保守化や「沖縄らしさ」の陥穽を捉えるものであった。 第三報告は、ベトナム南部ホーチミン市およびビンロン市に存在する明郷グループとその構成員が、国勢調査に伴う民族籍選択においていかなるエスニック・アイデンティティを提示するのかを調査した結果に基づき、エスニック・バウンダリの流動性を描き出すことを試みるものであった。明郷は「ベトナムに移住した中国系移民の末裔、あるいはその僑生集団」と理解されているが、実際には、19世紀半ば以降支配政権の政策により常に中国系移民とベトナム人の集団のあいだでどの範疇に属するかというエスニック範疇の所属の問題があった。しかし、彼らは、支配政権による規定とは別に、社会のなかで明郷グループと他エスニック集団との関係性の中で、バウンダリを操作的に扱い利用することによって当該社会の中での集団のあり方を示してきたと指摘した。 総合討論では、三人の問題提起者から個別あるいは全体にかかってコメントがなされ、フロアを含めて活発な質疑応答がなされた。全体にかかっては「アイデンティティや自己認識を扱う場合、特に相手が語る自己認識と行動がずれることがあるが、どのように対処し調査するのか」「それぞれの時期設定が、それぞれの問題意識でどのような意味をもつのか」。 個別では、泉川報告について「1930年代以前の華人のあり方はいかなるもので米流通や銀行融資、ネットワーク形成に関わって何が変化したのか」「精米業者と生産者の関係はどうであったのか」等。八尾報告には「台湾という出自が沖縄で独自の意味を持ちうるのか」「琉球華僑が自ら沖縄社会の一員と思った背景は何で、ウチナンチュウの台湾、中国、華僑への思いはどうなのか」「東アジアの国際関係の変化、沖縄社会の空間的な配置をこの議論に加えるとどうなるか」等。土屋報告には「明郷がなぜ北に残存しないのか、明郷の存在意義・理由は何か」「ホーチミン市とビンロン市の違い」「国勢調査における民族籍の表明が当該個人のエスニック・バウンダリの問題に結びつくのか」等があった。 今回の特別企画は報告者を公募して「東南アジア談話会(SEAF)」との共催(第148回SEAF研究会)で開かれた。SEAFのご協力もえて24名(会員7名、非会員17名)の出席があった。懇親会にも12名の参加があり、翌日の湯築城跡・資料館の見学にも8名が参加して盛況のうちに終えることができました。遠路はるばる松山までご来駕いただいた皆様には改めまして感謝申し上げます。 (文責:菅谷成子会員) |
■2011年度第1回特別企画の報告■ テーマ: チャイナタウンの研究と教育 日時: 2011年5月14日(土)14:00~17:10 5月15日(日) 9:00~11:30 場所: 大分県立社会教育総合センター2F視聴覚室 プログラム: 【1日目・14日】: 研究会 14:00~15:30 第一報告: 大栗真佐美会員(大阪大学大学院) 「日籍華人の教育観―中国帰国者3世のアイデンティティから―」 コメント: 藤井久美子会員(宮崎大学) 司会: 甘利弘樹会員(大分大学) 15:40~17:10 第二報告: 園田節子会員(神戸女子大学) 「大学の国際理解教育における訪問型授業と招聘型授業の試み」 コメント: 篠崎香織会員(北九州市立大学) 司会: 甘利弘樹会員(大分大学) 【2日目・15日】: エクスカーション 9:00~11:30 大分市歴史資料館(テーマ展示: 豊後南蛮交流史)の見学 第一報告では、日籍華人と呼称する中国帰国者へのインタビュー調査を通して、彼らのアイデンティティ及び教育観が検討された。中国帰国者1世~3世からなる家族には、言語・ライフスタイル等において世代によるギャップが存在している。とりわけ受けた教育とそれによって形成された教育観は、インフォーマントの具体的な証言から、子弟の中国語教育や進学・留学に対して深い影響を与えていることが鮮明に見て取れる。また本報告を通して、中国帰国者が子弟の教育の場を模索している様態が浮き彫りになった。 第二報告では、報告者の大学でのチャイナタウンに関する授業実践をもとに、華僑を学ぶプロセスにおける可能性や課題について分析が行われた。上記授業では、神戸南京町をフィールドとしつつ訪問型・招聘型の授業スタイルが実践された。この実践例によって、フィールドワークの教育効果や、華人を講師として招聘した授業の展開とその意義が、具体的に明示された。それと同時に両スタイルの授業が持つ課題を提示し、「多文化社会」への理解を学生に促すメソッドが希求されることを指摘した。 コメント・ディスカッションでは、華僑・華人及びチャイナタウンの研究における方法・理論をめぐって意見・質問が多数出された。特に用語の定義・使い方、そして調査の目指す方向性について検討する必要性が提案された。また、研究成果を教育現場や社会にフィードバックする際に、受講する学生や社会の構成員に対して、いかなる方法が有効であるか、どのようにして興味・関心を惹起できるかを考えさせられた。 なお研究会翌日には、エクスカーションとして、大分市歴史資料館のテーマ展示「豊後南蛮交流史」を、館員の説明を受けつつ見学した。当該展示では、16世紀の九州と東南アジア・ポルトガルとの交流を表す絵図・遺物を間近に観ることができ、啓発されるところが多々あった。 本企画への参加者は15名であった。遠路参加いただいた方々のありがたいご協力は、言い尽くせない程である。研究会の地方開催にはスタッフ不足等の問題があるが、ディスカッションが白熱したり、エクスカーションで情報交換が弾んだりするなど、活気に溢れていた点は救われた思いがした。 研究会参加者:15名(会員10名、非会員5名) (文責:甘利弘樹会員) |
■函館中華会館創立100周年記念シンポジウムの報告■
●2日目 日時:2010年9月12日(日)午前10時~午後4時 場所:函館市中央図書館 視聴覚ホール 記念講演:曽士才(法政大学国際文化学部 教授) 第1報告者:玉井哲雄(国立歴史民俗博物館 教授) 第2報告者:川嶋稔夫(公立はこだて未来大学システム情報科学部 教授) 第3報告者:小川正樹(函館ラ・サール高等学校 教諭) 研究会参加者:70名(会員6名、非会員62名、報告者2名)
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■2009年度特別企画(函館)の報告■ 日 時:2009 年8月9日(日)13:30~15:00会 場:函館中華会館(函館市大町1-12) 報告者:小川正樹会員(函館ラ・サール高等学校) 論 題:「清国領事館と同徳堂三江公所」 今年の特別研究会の報告は、『田本アルバム』(田本研造の撮影した明治期の北海道開拓の様子を写した貴重な写真帳、函館市中央図書館蔵)の写真から、明治10年代から20年代にかけての函館の主要な建築物を検討することで、「清国領事館」(函館区舟見町40番地)と「同徳堂三江公所」(同鍛冶町3番地)の建築物を確定した。『田本アルバム』には、明治19年か22年の函館港全景写真と、明治25年から29年までの函館港全景写真が収められており、このうち、双方の写真に焼失前の「同徳堂三江公所」の建物が写っており、後者の写真に明治25年に建築された「清国領事館」の建物が写っている。「同徳堂三江公所」は、トーマス・ブラキストンが借用した建物を、ジョン・ヘンソン、ジョン・ウィルソンというイギリス人の手を経て同徳堂(代表張尊三)が借用したもので、「同徳堂不動産登記」(函館中華会館所蔵)に掲載されている4棟の洋館がはっきりと写っている。「清国領事館」は洋風2階建の立派な建築物で、2階前面には大きなバルコニーが設置され、領事館敷地内には国旗掲揚用のポールも立てられている。この領事館は明治25年に建設されたが、明治29年には大火で焼失してしまい、わずか4年余りしか存在しなかった。明治年間の函館華僑や中国に関する建築物の多くが洋風であり、多くの大火を経た明治43年(1910年)に、純中国様式の現在の函館中華会館が建設されることになった。 研究会参加者:50名程度(うち会員3名、非会員47名程度) 懇親会参加者:11名(うち会員3名、非会員8名) 文責:小川正樹会員 |
■2008年度特別企画(長崎)の報告■ 日時:2008年11月8日(土)午後1時半から4時半 会場:長崎歴史文化博物館ホール(長崎市立山1丁目1-1) 「唐通事・蘭通詞」子孫をめぐる講演会 総合司会:清島 豊氏 (日本媽祖文化交流協会理事・事務局長) 挨拶 大堀 哲氏 (長崎歴史文化博物館館長) 林 陸朗氏 国学院大学名誉教授(唐通事子孫) 講演 原田博二氏 (長崎歴史文化研究所所長) 論題「和蘭通詞志筑家とその墓地について」 陳 東華会員 (長崎中国交流史協会専務理事) 論題「唐通事潁川藤左衛門とその子孫」 パネルディスカッション 司会:若木太一氏 (長崎中国交流史協会会長) パネリスト:宮川雅一氏 (長崎史談会顧問) 堀 孝彦氏 (蘭通詞加福家子孫) 加福共之氏 (蘭通詞加福家子孫) 平井靖人氏 (唐通事平井家子孫) 東海安興氏 (唐通事東海家子孫) 通事関係資料展示:平井家文書(JALシティ1階) 陳東華会員のご尽力で特別研究会(長崎)は2008年11月8日に盛会裏に開催された。2日間にわたる講演会と交流会のうち、本学会特別研究会(長崎)は、1日目の「唐通事・蘭通詞」講演会を後援する形で開催された。講演会と交流会の主催は長崎歴史文化博物館・長崎史談会・長崎中国交流史協会であった。すでに長崎では4年前に唐通事をめぐる講演会、2年前に蘭通詞をめぐる講演会が開催され、今回は唐通事・蘭通詞の初の合同講演会となった。定員160人の会場で、補助席・立ち見の方をあわせて、最終的には200人近くの方が講演会に参加された。会場には長崎新聞など日刊各紙のほか、テレビ局も取材に来て、長崎市民の関心の高さをうかがわせた。 唐通事・蘭通詞は江戸時代、長崎の出島で中国語とオランダ語との通訳をつとめた人々である。唐通事は基本的に中国人が、蘭通詞は日本人がその職に就いた。唐通事と蘭通詞の「事」と「詞」の違いには意味がある。蘭通詞の仕事は主に通訳に限定されていたが、唐通事は通訳のほかに貿易管理の任務も担っていた。したがって、中国との貿易量が増加すると、唐通事の人数は蘭通詞を上回り、人事組織も唐通事の方が複雑であった。 (詳細はhttp://sankei.jp.msn.com/life/trend/081108/trd0811082024014-n1.htm http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20081109/02.shtm http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagasaki/news/20081108-OYT8T00623.htm http://mytown.asahi.com/nagasaki/news.php?k_id=43000000811100003 ) なお、講演会終了後、ご子孫を交えた懇親会が京華園(長崎市新地)で開催された。翌11月9日(日)は午前中に唐通事・蘭通詞墓参りを行い、お昼前より興福寺(長崎市寺町)で先祖法要が営まれ、普茶料理による交流昼食会が開催された。 長崎での開催ではあったが、本学会からは九州本土のほか、沖縄、東京から会員が参加した。 講演会参加者:200名(会員5名、非会員184名、報告者・司会など11名) 懇親会参加者:70名 (会員5名、非会員名) (文責:谷垣真理子会員、監修:陳東華会員) |
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■2008年度特別企画(函館)の報告■ 日時:2008年7月26日(土)13:30~15:40 会場:函館中華会館、函館中華山荘 進行:小川正樹(函館ラ・サール高等学校、企画委員) 報告会 報告者:小川正樹 論題:箱館開港と中華会館 2008年度の第1回特別研究会(函館)は、函館中華会館を会場に開催されました。当日は多くの函館市民のほか、函館での開催にもかかわらず東京や四国からも学会会員に参加していただいた。 本報告では、1982年に斯波義信先生がまとめられた『函館華僑関係資料集』や『北海道庁統計書』をもとに、函館華僑の特徴と函館華僑を代表する人物を取り上げながら、函館華僑と地元函館との交流を、函館開港から中華会館建設までの約50年間を中心にまとめた。 本報告会の後、函館華僑総会の任道治副会長の案内により、中華会館内部の詳しい解説が行われ、さらに参加希望者に対して、近くの中華山荘見学をおこなった。参加した函館市民も、報告内容や中華会館の説明を熱心に聞いていた。 なお、今回の研究会は、地元の「はこだて外国人居留地研究会」との共催でおこなわれ、研究会後、函館の居留地研究者と学会員との交流が行われた。 研究会参加者:50名程度(会員5名、非会員45名程度) 懇親会参加者:10名 (文責:小川正樹会員) |
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■2006年度特別企画(沖縄)の報告■ 日時:10月12日(木) 13:00-17:20会場:沖縄県男女共同参画センター「てぃるる」 司会: 緒方 修 会員(沖縄大学人文学部長,教授) 第一部 特別講演 赤嶺 守 氏(琉球大学法文学部教授) 「琉球王国と華僑社会」 第二部 研究発表 小熊 誠 会員 (沖縄国際大学総合文化学部長,教授) 「久米村系門中について-その概要と近年の福建との交流-」 榮野川 敦 氏(沖縄大学大学院生) 「久米村系士族の屋取村(集落)-旧具志川市の事例から-」 第三部 講演 田名 真之 氏(沖縄国際大学総合文化学部教授) 「久米村の成立と展開」 沖縄特別企画実行委員会(嘉数 啓,緒方 修,小熊 誠の3会員)のご尽力により、学会として初めての特別企画が開催された。この日は第4回世界ウチ ナーンチュ大会初日であったが、会の冒頭、公務でご多忙のなか駆けつけてくださった嘉数会員(琉球大学副学長)が挨拶に立ち、この研究会への期待を表明さ れた。 赤嶺氏は琉球王国の朝貢貿易で活躍し、土着化していった久米村の人々と戦後に移入した華僑華人について発表された。小熊会員は近世における琉球王国の中 国化に果たした久米村系門中の役割、門中の形成と祖先祭祀からみた彼らの特徴、近年みられる始祖の故郷探しの動きについて発表された。栄野川氏は近世琉球 における士族の次男、三男が地方へ下り、居住する「屋取」、久米村系士族の屋取村の戦前の状況と彼らの意識について発表された。 その後、会場を久米至聖廟に移し、廟内を見学後、廟内の明倫堂で田名氏が発表された。田名氏は久米村へ移入した福建からの36姓とそのなかの有力姓の形 成、久米村人の華僑集団から首里王府の家臣団への変容について発表された。実に有益で密度の濃い一日であった。参加者のなかには沖縄華僑華人総会の方もお られた。懇親会は国際通りの居酒屋で行われ、沖縄の料理とお酒を堪能することができた。翌日のエクスカーションは、緒方会員の案内で、首里城、玉陵、識名 園を訪ねた。今回の特別企画の準備、設営全般にわたり目配りしてくださった緒方会員にあらためて感謝したい。 参加者数 例会 21名(うち学会員7名、一般の方14名) 懇親会 8名(うち学会員5名、一般の方3名) (曽士才 記) |
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■2009年度第1回講演会の報告■ 日時:2010年3月20日(土)午後2時~午後5時半 場所:東京大学駒場キャンパスⅠ(教養学部) 18号館4階コラボレーションルーム1 第1報告 報告者:陳広漢氏(中国広州中山大学 香港マカオ珠江デルタ研究センター 所長) 論題:「香港・マカオと中国内地との経済関係と広東省と香港・マカオとの一体化」 第2報告者 報告者:毛艶華氏(中国広州中山大学 香港マカオ珠江デルタ研究センター 教授) 論題:「マカオ経済の適度な多元化:現状と問題、対策」 第3報告者 報告者:程美宝氏(中国広州中山大学 歴史系・歴史人類学研究センター 教授) 論題:「『華南研究』紹介」 第1報告者の陳氏は改革・開放政策の始動以前の状況から説き起こし、香港・マカオと中国内地との貿易関係の進展、広東省と香港・マカオとの一体化の進展を説明した。第2報告者の毛氏は、マカオをとりあげ、カジノへの依存度がきわめて高いマカオ経済にとって適度な多元化が必要であることを強調した。第3報告者の程氏は「華南学派」と一群の研究者の存在を紹介した。3氏の研究はすべて、香港・マカオと中国内地との交流の深まりを背景にして、交流そのもの、あるいはその背景についての研究である。こうした研究動向は、中国と香港・マカオの関係が競争関係を含みつつも、ウィン・ウィンの協力関係へと移行していることを示唆する。 なお、本講演会は科学研究費基盤研究B「北東アジアから東南アジアを結ぶ華人ネットワークの研究」(研究代表:谷垣真理子)の研究活動の一環であった。 講演会参加者:13名(会員6名、非会員4名、報告者3名) 懇親会参加者:10名 (文責:谷垣真理子会員) |
■2008年度第2回講演会の報告■ 日時:2009年3月27日(金)午後2時~午後5時場所:東京大学駒場キャンパスⅠ(教養学部) 18号館4階コラボレーションルーム4 本講演会では「中国における華僑華人研究の最前線」というテーマで、厦門大学南洋研究院の庄国土院長と廖大珂教授のお二人にご報告をいただいた。今回の招聘は許淑真会員(摂南大学名誉教授)のご尽力で実現したものである。 最初の庄報告「世界華僑華人人口の最新推計と分布」では、全世界の華僑華人人口を推計するというプロジェクトが紹介された。2006年~2007年の華僑華人人口は4543万人という結果に加えて、どのように各国の華僑華人人口を推定したかという手順が説明された。断片的な公表データを丹念に集めることで、新移民の存在も推計時には考慮されたことが、確認された。 一方、廖報告「福建華僑と大帆船時代の中国-ラテンアメリカ交流」は、福建華僑に注目し、マニラを結節点とした中国と南米との交流が紹介された。福建籍華僑はマニラ華人と呼ばれ、スペイン・ネットワークに接合することで南米に活躍の場を広げていた。 両報告は、中国における華僑華人研究の文字通りの最前線の成果であった。とりわけ庄報告は厦門大学南洋研究院が国務院と密接な関係を持ちつつ、プロジェクト型の研究をすすめていることがうかがわれた。報告後、フロアからたくさんの質問が寄せられ、懇親会の場でもさまざまな意見交換がなされた。 東京での開催ではあったが、静岡から2名、茨城から1名、大阪から1名と遠方からの参加者が多く、お二人の研究への関心の深さがうかがえた。 講演会参加者:16名(会員7名、非会員7名、報告者2名) 懇親会参加者:14名 (会員8名、非会員4名、報告者2名) 文責:谷垣真理子会員 |
■2008年度第1回講演会の報告■ 日時:2008年6月14日(土)午前11時~午後1時 場所:東京大学駒場キャンパスⅠ(教養学部)18号館4階 コラボレーションルーム 3 報告者:下岡 郁氏 (グラントソントンジャパン[ASG税理士法人]中国デスクマネージャー) 論題:「国際企業にとっての特別行政区の新たな役割~日本、中国及び香港の税制を踏まえて~」 2008年度第1回講演会は、グランントソントンジャパンから下岡郁氏を講師にお招きし、東京大学駒場キャンパスで開催されました。 本講演では、下岡氏は日系企業が中国に投資する際、国際企業にどのように税金がかかるのかを代表的な事例に即して説明した。法人税率は日本が42%、中国が25%、香港が16.5%であり、企業にとって香港が税制的にもっとも好ましいと思われる。しかし、タックスヘブン対策税制や日中租税条約の存在、タックススペアリングクレジットによって、「香港を中国ビジネスに介在させることが、税金面ではマイナスに作用する」可能性もある。このようなビジネスの現場の複雑さを、下岡氏は2時間かけて、参加者に根気よく説明してくださった。講演会後の懇親会でも、参加者は下岡氏の現場感覚あふれるお話を堪能することができた。 なお、本研究会は日本広東研究会との共催であり、科学研究費基盤研究C「華南地域社会の歴史的淵源と現在」の研究活動の一環であった。 研究会参加者:10名(会員4名、非会員5名、報告者1名) 懇親会参加者:8名 (文責:谷垣真理子会員) |
■2007年度第2回講演会の報告■ 日時:2007年7月14日(土)14:30~17:00 (懇親会17:00~18;30)会場:上智大学四ツ谷キャンパス 2号館14階1415-C教育学科会議室 演者:符順和氏(元横浜山手中華学校教諭・塾「寺子屋」主宰者) 演題:中華学校をとりまく教育事情 本講演会は、本来、第1回講演会として5月17日に予定されていたが、開催場所である上智大学の麻疹集団感染により順延となっていたものである。当日も関東地方への台風接近が伝えられ、あいにくの雨模様であったが、2時間半にわたる熱のこもった講演に大変印象づけられる講演会となった。講演にあたっては、在日中華学校の現況と課題を整理した演者の論考『中華学校を取り巻く教育事情』、在日外国人の教育問題をとりあげた『読売新聞』記事(2007年5月21日付)、ならびに横浜山手中華学校の用地取得問題を特集した『横濵華僑通訊』〈2007年5月号〉が資料として配布された。そして演者の35年余りにわたる横浜山手中華学校での教育経験、ならびに現在、横浜中華街で取り組んでおられる塾「寺子屋」における教育実践に基づき、在日外国人教育としての華僑・華人子弟の教育問題がさまざまな角度から具体的に論じられた。終了後は17時より18時半まで軽食をとりながら引き続き懇親会が開かれ、日本における華僑・華人社会の諸課題を含む幅広い懇談が行なわれた。 講演会参加者:25名(会員6名、一般18名、講演者1名) 懇親会参加者:12名 (文責:杉村美紀会員) |
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■2007年度第1回講演会の報告■ 日時:2007年6月27日(金) 18:30~20:00会場:法政大学市ヶ谷キャンパス ボアソナードタワー25階B会議室 演者:朱炎会員(富士通総研主席研究員) 演題:「中国企業の海外展開と華人ネットワーク」 本講演会は法政大学国際文化学部との共催,公開講演会という形で開催された。 本来第1回の予定であった符順和氏講演会が,会場校のはしか休校により順延となったため,本講演会が2007年度第1回講演会となった。当日,会場には法政大学関係者のほか,他大学の教員,学生が多数見えていた。また,証券,法律関係の実務者も参加されていた。 講演では,統計からは見えてこない中国企業の対外投資の実態,中国の潤沢な外貨事情や政府の規制緩和,奨励政策を背景に,大企業が進めるグローバル戦略,民間企業,中小企業が進めるニッチな地域における投資戦略,そして東南アジア諸国で民間企業,中小企業が華人ネットワークを積極的に活用して進出していることについて,タイやベトナムでの現地調査の映像を交えながら,実に分かりやすくお話をしていただいた。 講演会終了後,会場近くの中国料理店で懇親会が開催され,朱炎氏を囲んで活発な議論が交わされた。 なお,質疑応答も含め,講演抄録は本会のニューズレター(会員専用)に掲載予定である。 講演会参加者:37名(うち会員12名,法政大学学生OB9名,一般15名,演者1名) 懇親会参加者:10名 (文責:曽士才会員) |
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■2006年度第2回講演会の報告■ 日本華僑華人学会の第2回講演会は,本会の曽士才企画委員(法政大学国際文化学部)のご尽力により,法政大学国際文化学部との共催,公開講演会という形で,非常に立派な会場を使用させていただいき,以下のとおり開催された。(1)日時:9月15日 午後6時30分~8時 (講演1時間、質疑応答30分) (2)会場:法政大学(市谷キャンパス)ボアソナードタワー26階 スカイホール (3)演者:莫邦富(莫邦富事務所。ジャーナリスト) (4)演題:日中間の新しい架け橋~新華僑 まだ,夏休み中の大学も多い中で,新聞・テレビなどのマスコミでも著名な莫邦富氏の講演ということで,非会員の参加者の姿が目立った。 講演では,莫氏が1985年に来日して,今日に至るまでのご自身の体験に基づきながら,「新華僑」の実態,「新華僑」を取り巻く状況の変化などについ て,多くのエピソードを交えながら語られた。特に,「新華僑」はなぜ海外に出るか,という問題について,旧ソ連や東欧での取材体験談には,多くの聴衆が引 き付けられた。 講演のあと,フロアから多くの質問の手が挙がり,活発な質疑応答が交わされた。講演会終了後,莫邦富氏を囲んで,会場近くの中国料理店で懇親会が開催され,講演では出てこなかった貴重な話を聞くことができた。 なお,講演の詳細な内容については,本会のニューズレター(会員専用),第11号に掲載予定である。 (文責:山下清海会員) |
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■2006年度第1回講演会の報告■ 日 時: 2006年4月14日(金)18:30~20:00 講演者: 森田靖郎氏(ノンフィクション作家) 司会:吉原和男氏(慶應義塾大学文学部教授・本学会企画委員) (文責:玉置充子会員) |