2023 年度研究奨励賞選考に関する報告
「2023年度日本華僑華人学会研究奨励賞(単行本部門)」は、研究奨励賞選考委員会による厳正な選考の結果、下記の推薦に基づき、理事会にて受賞者が決定されました。なお、論文部門は該当者なしでした。
受賞者と対象作品
張 龍龍 著(2023)『中国残留孤児第二世代の移住と定着─政策の展開と家族戦略・ライフコース』御茶の水書房
授賞理由
本書は、中国残留孤児を親に持つ子ども(第二世代)の日本への移住と定着過程においてマクロ次元での政策展開と、ミクロ次元での家族戦略の両方から明らかにした力作である。
これまで中国残留孤児(中国帰国者)の第二世代についての社会学的研究は、個別のテーマごとに細分化し全体像の解明が課題となっていた。本書は先行研究で看過されていた個人・家族・政策の多元的な次元での時系列変化に着目し、第一次資料を活用しライフコース枠組みを用いている。これにより、残留孤児と第二世代が展開した長期にわたる移住と定着のための家族戦略を、政策・社会状況に動的に関連づけ、残留孤児第二世代の定着過程を具体的かつ詳細に描き出すことに成功している点で大いに評価できる。
具体的には、本書は中国残留孤児51名、および第二世代89名への質問紙調査とその一部を対象者にしたインタビューを考察している。大きくは〈子どもたち〉〈青年たち〉〈成人たち〉〈中壮年たち〉に分類して論じていく。第二世代調査対象者の若者を中心にライフコースという視点から描いている。特に歴史時間、家族時間、個人時間のそれぞれについて、詳細な検討がなされ、彼らがなぜそのようなライフコースをとるに至ったのかが、マクロ、ミクロな要因を解明している。
審査委員会では、質問紙調査の概要に関して十分説明されていないとの指摘もあったが、10年間をかけて、書き上げられたモノグラフは、その欠点を補って余りある業績であり、本学会が進める学術的研究への貢献も大であるとの点で委員の意見が一致した。本書は、当該分野において今後、必読の基本文献となるものと判断している。
以上のことから、張龍龍氏に2023 年度日本華僑華人学会研究奨励賞(単行本部門)を授与することを、日本華僑華人学会研究奨励賞選考委員会による厳正な議論を経て、推薦する次第である。
2023年7月21日
日本華僑華人学会研究奨励賞選考委員会
王維(委員長)、田嶋淳子、宮原曉
2019年度 日本華僑華人学会研究奨励賞選考に関する報告
2019年度の「日本華僑華人学会研究奨励賞(論文部門)」は、研究奨励賞選考委員会による厳正な選考の結果、下記の推薦に基づき、理事会にて受賞者が決定されました。なお、単行本部門は該当者なしでした。
[受賞者と対象作品]
辺清音(2018)「都市空間におけるチャイナタウンの再開発―神戸市南京町の中華表象生成を中心に」『華僑華人研究』15号
〔授賞理由〕
本論文は1970年代初期から1980年代中期までの神戸市南京町商店街環境整備事業を事例として、戦後の日本の都市空間におけるチャイナタウンの中華らしい環境整備を中心とした再開発過程を、「空間の社会的生産」という視点から明らかにした力作である。
1980年代以降、都市空間論の視点からチャイナタウンを考察する研究がすでに現れているが、本論文は南京町の再開発の過程を、「空間」をめぐる多様な主体の実践の過程=「空間の社会的生産」として捉え、考察を進めている。多様な主体がそれぞれの政治的、経済的目的を達成するために実践するなかで、南京町の多様性がいかに中華表象に収斂され、「多から単一へ」と変化したのかを、具体的かつ詳細に描き出すことに成功している点で大いに評価される。
惜しむらくは、これまで欧米のチャイナタウンを対象としてきた「空間の社会的生産」という視点を日本の事例に適用して分析することによって、どれだけ新たな知見が加わったのかという点については、説明が十分だとは言えない。それを明確にすると、1970年代初期から1980年代中期までの南京町の再開発の過程を本論でなぜ取り上げたのかという意義も明らかになったのではないか。そして、著者本人が「おわりに」で今後の課題として挙げているが、欧米や日本におけるチャイナタウンの「空間の社会的生産」という視点が、東南アジアなど他のチャイナタウンの再開発事例に適用できるのかについても、何らかの示唆を提示できたのではないか。
また、関係者による南京町のまちづくりが話し合われ始めてからすでに40年以上が経とうとしており、各種の困難を乗り越えたうえで開発された中華表象の空間は、果たして、関係者にどのような社会的影響や経済的効果を及ぼしているのか、特に、南京町の住民にとり、コミュニティのアイデンティティはどのように再構築された/されていくのか、明らかにする必要があろう。
このように、課題は残すものの、本論文は日本の中華街や華僑華人コミュニティの再編を考察するうえで新たな事例を提示しており、ホスト社会との相互作用を考えるうえでも貴重な手掛かりを示している。
以上のことから、辺清音氏に2019年度日本華僑華人学会研究奨励賞(論文部門)を授与することを、日本華僑華人学会研究奨励賞選考委員会による厳正な議論を経て、推薦する次第である。
2019年9月27日
日本華僑華人学会研究奨励賞選考委員会
曽士才(委員長)、張玉玲、陳來幸、山本須美子
(文責: 曽士才 研究奨励賞選考委員長)
2018年度 日本華僑華人学会研究奨励賞選考(単行本部門)に関する報告
2018年度の「日本華僑華人学会研究奨励賞(論文部門)」は、研究奨励賞選考委員会の厳正な選考の結果、下記の理由に基づき、理事会にて受賞者が決定されました。
[受賞者と対象作品易星星]
「南洋における中国旅行社のネットワーク展開と華僑華人(1937-1945年)」『華僑華人研究』第14号
〔授賞理由〕
本論文は、日中戦争期(1937年‐1945年)を中心に、中国旅行社がシンガポール、仏領インドシナ、英領ビルマ、米領フィリピンなど現在の東南アジアにあたる地域において展開していったネットワークの全体像とその意義を明らかにした力作である。中国旅行社は、1923年に上海商業儲蓄銀行の旅行部として発足し、後に独立した民間企業である。近代中国最大の旅行会社であったにもかかわらず、従来、一次史料を用いて具体的に解明されることはなかった。本論文は、上海市?案館が所蔵する中国旅行社本社?案資料や同社が発行していた『旅行雑誌』、さらには創業者や社員の日記、回想録を丹念に調べ、同社の東南アジア地域における事業展開を跡付けている。
特に、日中戦争の勃発と日本軍の南進により、時々刻々と変化する情勢に対応して、中国旅行社が東南アジアにおける経営拠点を移しながら、本来の旅行業務で培った東南アジアにおけるネットワークを利用しつつ、日中戦争期において困難に直面していた中国―東南アジア間の中国人・華僑華人の移動の便宜を図ったことや、同社が東南アジアの華僑華人の重慶国民政府支援の窓口となっていた点も明らかにしている。本論文は、中国旅行社という仲介業者に焦点を当てながら、東南アジアの華僑華人のヒト、モノ、カネの動きを包括的に捉えようとしており、中国近現代史における東南アジアの華僑華人の活動の一端をとらえたユニークな論考である。
一方、本論文には課題も残されている。上海商業儲蓄銀行がどのような性質の銀行で、その事業内容のどの部分が同旅行社に継承されていったのかという点について、より詳細な説明があれば、同旅行社の特殊性が理解でき、たとえば重慶国民政府への武器輸送に携わったことの意義や目的が明確になり、より説得力のある論文となったように思われる。
このように、課題は残すものの、中国旅行社が中国人に向けて旅券や査証の代行申請サービスを提供したことは、政府の機能が低下したとき、あるいは政府がもともと機能を有しないときに民間組織が行政的な役割を代行するという中国の歴史的パターンが示されていて興味深い。また、英領ビルマにおいて輸出入を扱うラングーン華商と中国旅行社が競合していたという事実は、国民政府と関係をもちつつ中国から進出してきた中国旅行社と東南アジア現地の華僑華人との複雑な関係を示唆している。本論文は史実の解明だけではなく、東南アジアの華僑華人と中国との繋がりを考えるうえで重要な論点を呈示しており、大いに評価したい。 以上のことから、易星星氏に2018年度日本華僑華人学会研究奨励賞(論文部門)を授与することを、日本華僑華人学会研究奨励賞選考委員会による厳正な議論を経て、推薦する次第である。
2018年10月5日
日本華僑華人学会研究奨励賞選考委員会
曽士才(委員長)、北村由美、村上衛、李正熙
(文責: 曽士才 研究奨励賞選考委員長)