日本の中華学校における学校文化継承:卒業生教員の眼差しと母校愛
- 中華学校?
華僑は移住した先で、子どもの教育に熱心に取り組むことで知られている。中華学校は、華僑が移住先で大切にする「三宝」(僑団・僑校・僑報)のうちの一つとされ、「学縁」と呼ばれるネットワークが重視されていることからも分かる。世界には2万を超える中華学校が存在しているという。欧米の中華学校は、週末補習校として土日に開校されていることが多く、また子どもたちの親が教えることが多い。中華学校の設立の歴史や経緯・目的、運営主体やその国における位置付け、中華学校で学ぶ子どもや教員の属性、カリキュラムなど様々であることが想像される。
- 「老舗」外国人学校の変化
日本の中華学校は、日本の外国人学校の中でも120年以上の歴史を有する「老舗」として有名である。一世紀もの間、言語・伝統文化や民族教育が継続的に行われ、日本社会で教育実践を積み重ねてきた。現在は、東京中華学校、横浜山手中華学校、横浜中華学院、神戸中華同文学校、大阪中華学校の5校存在している。2000年以降は、ニューカマー中国人の増加により、中華学校内部の多文化・多国籍化が顕著となった。ほぼ同時期には、中国経済の発展に伴う中国語学習熱の上昇によって、中国にルーツを持たない日本国籍児童生徒の中華学校入学希望者の急増がニュースを賑わせた。昨今では、中国語のみならず日本語・英語教育に力を入れたトリリンガル育成を掲げる中華学校もある。このように中華学校は決して、「静」的な存在ではなく、時代の変容に合わせてダイナミックにそのあり方を変容させる「動」的な存在であると捉えることができる。
【写真1】大阪中華学校(筆者撮影)
【写真2】春節の際の東京中華学校(筆者撮影)
- 受け継がれる学校文化:卒業生教員の眼差しと母校愛
【写真3】神戸中華同文学校の廊下(筆者撮影)
確かに、日本社会とダイナミックな相互交渉を行いながら、生徒属性や保護者の教育ニーズの変化に合わせて新たな教育の形を模索する「動」的な一面を捉えることもできるが、研究を続けていると、中華学校が長らく大切にしている価値観に触れる機会も多い。それは、中華学校で教鞭をとる教員たちの子どもへの優しい眼差しと華僑教育への揺るぎない信念である。
この数年間は、研究助成金を得て、中華学校の教員へのインタビューを実施してきた。中華学校の教員の多くは、自らも中華学校を卒業した卒業生教員や留学生として日本で学んだ華僑1世などで、日本の教員免許を取得している場合が多い。インタビューは、全教員に占める卒業生教員の割合が約6割にのぼる中華学校で行った。調査からわかったことは、卒業生教員は多様な理由や経路で入職し、学校や華僑教育を維持する上で重要な役割を担っていることである。この研究では、こうした役割を担っていることの正当性が、卒業生で構成される家族やコミュニティとの関係の中で強化され、卒業生教員としての存在意義を認識・再認識していく様子も確認できた。華僑教育を“華僑性”の継承としてのみ意味づけるのではなく、卒業生教員の“母校愛”を軸として緩やかに華僑教育が継承されていく様子を明らかにすることができた。
- コミュニティ・社会制度的壁・学校文化
日本の中華学校は120年以上を数える「老舗」の外国人学校であるとすでに述べた。この長きにわたる学校運営と維持継続は、全くもって簡単ではない。周知の通り、中華学校をはじめとする外国人学校は、教育基本法の第一条に定めら得ている「一条校」ではなく、各種学校として位置付けられ、公的な枠組みの外に置かれ続けている。文化的、社会的、感情的、精神的に彼らを支えてきたコミュニティの要でもある母校の維持や華僑教育の継承は、公的な後ろ盾が不十分な中で、存続を求める卒業生や関係者の熱烈な希望により、自分たちで何とか維持してきたのである。それを実践や運営の側面から支え続けてきたのが、上述の卒業生教員であり、教育関係者の「情熱」だといえよう。
中華学校研究は多岐にわたる分野において、民族文化・言語の保持・変容、地域コミュニティとの関係、教育経験とエスニック・アイデンティ形成、中華学校の教育実践や教育戦略などをテーマに行われてきた。これまでの中華学校研究は1つの学校を対象とする傾向が強く、比較の視点から捉える研究が少ない。研究の多くが、教育実践の紹介、多文化・多国籍化する中華学校の変容解明に終始しており、個人の教育経験等に焦点を当てた研究が手薄となっているのが現状である。今後は、中華学校に関係する多様なアクター相互の関係性などに着目した広がりのある研究が求められている。