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日本軍政下ジャワの華僑の歴史経験に、新聞資料を通じて迫る(2)

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日本軍政期を中心にインドネシアの華僑華人史の研究を続けているディディ・クワルタナダ(Didi Kwartanada)氏は、軍政下に発行された「外国人証明書」を自ら収集するとともに、そこから浮かび上がる事実を分析した一篇の短い論文を書いている[Kwartanada 2013]。それによると、上述の「チナ・インド」という表記に類似する表記としては、他に「インド・ティオンホア(Indo Tiong Hoa)」や「ティオンホア・プラナカン(Tionghoa-perarnakan)」など、登録地ごとにいくつかのヴァリエーションが見られたという(アルファベット表記に加え、「中華(僑生)」と漢字が併記されることもあれば、「支那二世人」や「支」などのスタンプが押されることもあったようだ)。ただ、氏が実際に収集した「外国人証明書」を見渡した限りでは、アルファベットで「Tjina(チナ)」という語が記入されているケースは、写真2のそれを含め、どうやらプカロンガン州トゥガル県一帯で発行されたものに限られたようだ、という[Kwartanada 2013: 73-74]。

実は、この「外国人証明書」の現物を基に分析した知見と見事に合致する記事を、当時ジャワで発行されていた華僑向け日刊紙『共栄報(Kung Yung Pao)』の紙面の片隅に見出すことができる[写真3]。「大東亜主義の実現に努力している最中、アジア民族を軽視した名称の使用は不適切」という長い見出しのついたこの記事全文を、以下に訳出してみよう[『共栄報』 1942-06-27]。

【写真3】トゥガルにおける外国人居住登録時に生じた事案を報じる記事[『共栄報』華語版1942-06-27]。

トゥガルから来た者の話によれば、同市では外国人登録の際、華僑の国籍については等しく「中華」と記すべきところ、同市のインドネシア人担当官某氏は「中華〔Tionghoa〕」の2字を目にして甚だ不機嫌になり、「何だ、中華とは」と言って登録証を机の上に投げつけ、部下に「支那〔Tjina〕」の2字を用いるよう改めさせた。彼はまた、凡そこの地で生まれ育った者については「支那印度(Tjina Indo)」と書くことで、現地生まれの混血児の意とさせた。同市の華人はこの措置をすこぶる遺憾に感じている、とのことである。思うに、日本が大アジア主義の実現に努力している今にち、西洋人がアジア人を軽視するのに用いた語をどうしてまた用いることなどできようか。全く理解できないことである。

この『共栄報』は、日本軍の厳しい検閲を受けてジャカルタで編集・印刷されていたものであり、軍政下を通じて華僑向けに発行されていた唯一の日刊紙であった(1942年9月からは華語版に加えマレー語版の2言語体制となった)。上の記事は、外国人居住登録制度の手続きが進行している最中に掲載されたものであり、華僑社会が「チナ」という語に抱いていた鬱屈とした思いを伝えるとともに、インドネシア現地社会との間の複雑な関係をも垣間見せてくれる。そしてそれにも増して重要なのは、やはり「外国人証明書」の網羅的収集と精査を通じて見出された知見と、トゥガルにおける登録手続きに際して生じた出来事を報じる記事内容との間に見られる、興味深い一致である。

一般に戦時下の新聞は、プロパガンダ的要素が支配的になる。それは、同時代の日本国内や日本軍支配下のアジア各地で発行された新聞を見れば明らかであり、同時期ジャワで発行されていた『共栄報』もまたその例外ではない。ただ、そうした新聞をプロパガンダ紙であるとして一蹴するのではなく、徹底して史料批判したうえで、そこで述べ伝えられている内容を他の資料と合わせて丁寧に読み解いてみると、新たな事実や思わぬ発見に至る手掛かりを与えてくれることが少なくない。これまで、日本軍政下のジャワで華僑社会がいかなる経験をしたのかについては、依拠すべき資料が著しく限られていたこともあって、ごく断片的にしか解明されてこなかった。彼らの歴史経験を再構築するにあたって、『共栄報』を含む新聞資料を地道に読み解く作業を通じて明らかにできることは、まだまだ多そうである。

【写真4】首都の華僑婦人会、および華僑女学生らが、銃後を支えるために靴下を縫っている模様を報じる記事[『共栄報』マレー語版1944-03-18]

※この記事で紹介した内容は、拙著[津田 2023: 237-240]で詳しく論じています。

参照文献

Kwartanada, Didi. 2013 “Segregasi Lewat Bukti Registrasi,” Historia (12-1): 72-75.
津田浩司. 2023. 『日本軍政下ジャワの華僑社会―『共栄報』にみる統制と動員』, 風響社.